シリーズ『医師と語る 現代の発達障害』
米田 → 明神下診療所 診療所長 米田 衆介
鈴木 → 株式会社Kaien 代表取締役 鈴木慶太
鈴木)先生はいつクリニックを開業されたのですか?
米田)2001年ですね。最初は湯島でした。それから2回移転しています。外神田二丁目は2005年からで、デイケアを併設していました。デイケアはいわゆる通過型という考え方で、2年の利用を目途に通過して次に繋げていくスタイルで実施していました。ほとんど今の移行支援と同じことをしていた感じですね。Kaienさんはいつからでしたっけ?
鈴木)就労移行支援としては2012年からです。
米田)なるほど。それから暫くして診療所でのデイケアには一区切り付けて、こんどは作業中心のスタイルを模索し始めたので同時代という感じがしますね。いろいろ試してみて、今は外神田五丁目で診療所。そして就労継続B型を東上野でやるスタイルで落ち着いています。デイケアは通過型だったので、今度はずっと居られる場所を作ろうとおもったのです。発達障害*の診療所を運営してもう20年あまりになりますので結構な変遷がありますね。
鈴木)診療だけではなくデイケアやB型をされてきた目的はどこにあるのですか?
米田)自閉スペクトラム症、あるいはいわゆるアスペルガー症候群のひとたちは、集団に参加することが苦手です。苦手ならやらなくてもいいじゃないかという考えもあるかも知れません。しかし、やっぱり集団の中でやっていきたいというひとも当然いるわけです。そこで、集団にならない人たちを集団にしないといけない。ひとつの場所にただ単にひとを集めただけでは集団にはなりません。集団になるためには毎日顔を突き合わせるだけではなくて、共同作業をしないといけないのです。それも時たまではなくて、それが生活の中心でなければ、なかなか身につかない。それで、デイケアの時も週4日でやっていました。週1日とか2日では、なかなか集団での振る舞いが身につかないので。
ネットだけだと支援にならない訳
鈴木)でも時代は変わって、在宅求人も増えているし、一人でも働けるスタイルも出来つつあります。集団ではなくても、例えば自宅でネットに頼って、自立や仕事ができるのではないでしょうか?
米田)そういう論調が有りますね。でも根本的に僕はダメだと思いますね。
鈴木)ダメというのは?
米田)集団への適応を目指さないというやり方は、そのひとの人生を全体として考えた上での治療という意味では上手くいかないと思うからです。むしろ孤立的な生活スタイルを固定化させちゃう結果になるかもしれないです。
もちろんその人の素質や重症度にもよる。あまりにいま辛すぎるから、なるべく負荷を減らして苦しまないようにしたほうが良い状態の人もいますね。その一方で、成長できる可能性があるから頑張ったほうが良い状況の人もいる。そこは支援者として見分けないといけない。頑張らないほうがハッピーな人と、頑張ったほうがハッピーな人がいるはずですからね。いま頑張らない方がいい人はオンラインだけでよいかもしれないけれども、ここでちょっと頑張るべき人が社会的な意味で成長するにはリアルな接触がないと上手くいかないかなと思います。
鈴木)私も感覚的にはリアルの必要性は感じるのですが、具体的にはどこに良さがあるのでしょうか?
米田)現に人と接するのは、オンラインと全然違うから。画面に何か写っているという情報量と、今ここに手を伸ばしたら触れる距離に人がいるという情報量は、生物として人間の身体にとって全然違うんですね。この情報量の違いを感覚的にわかって、いまここに一緒にいることの莫大な情報量を身体で感じてわかるようになることが社会に参加できるということなんだと思う。そういう意味で支援の全部がオンラインになると困るかなと思いますね。
鈴木)そのようなメインストリームといいますか、集団社会に適応する人は、二次障害が薄い人とか、あるいは感覚過敏がない人とかでしょうか?
米田)そうではないでしょうね。一言では言えない。総合的に重症度もあるし、ストレス耐性もあるし、本人自身が何を目指しているのかというのもあるし、あらゆる全部の要素が絡んでくるから、簡単なことではないです。
鈴木)二次障害だけではないということですか?
米田)その要素は少ないかな。
鈴木)あ、少ない?意外です。
米田)はい。それはあんまり関係ないかもしれない。
鈴木)何らかの法則があるですか?
米田)法則じゃないのではないですかね。その人がその瞬間にどう生きようとしているかじゃないですかね。それがわかるためには小さいころからのことをある程度知らないといけない。どういう発達特性で、どういう風に成長してきて、どこを目指して生きているか、と言う総体の中から。そこから集団の中で頑張れるか、それともいまは頑張れないかが見えてくる。だから法則みたいなものではないかもしれないですね。
陥りやすい思い込み「本音が存在する」
鈴木)「どう生きようとしている」というと、どうやって発達障害のご本人の口から、本音を語ってもらうとなりそうですが…。
米田)本人もその辺はわからないから…。「本音を言って下さい」と無理に言わせたら、かえって心に思ってもいないもの、存在しない言葉だけの建前を作ってしまう。鈴木さんも、「本音を語る」みたいなことが、そうじゃないと思うから質問されたと思うのですが。鈴木さんはどう思いますか?本音を知りたいと思う癖については。
鈴木)そういう宗教に多くの支援者が入っているのだと思っています。
米田)そうなんだ。宗教ね。
鈴木)人間は本音を持っていて、それを意識して、日々の中で実現するという風に思っている人が結構多いですよね。
米田)そうですね。
鈴木)本音なんて多くの人は持っていないし、表現できているとも限らないし、その通りに動いているわけではないから。喋りというよりも、行動履歴とか色々見ていかないとわからないんじゃないかと。特に発達障害の人はそのあたりが苦手なのに…。
米田)それは僕と意見が一致しているかもしれないですね。僕もそう思いますよ。支援者の中には、「本人の意思が・・・だから」という人もいるのですが、時に自分が誘導していることに気づかなかったりしますよね。正直、本人だって本音はわからない事が多いと思います。
鈴木)はい。わからないと思います。
米田)そういう単純なモデルで人の人生を考えると危なっかしい。明後日のほうにいっちゃうかもしれない。鈴木さんがそう思っているならやっぱりKaienえらいな。
もう一つの思い込み「言葉で何でも説明できる」
米田)もう一つの思い込みがあってね、言葉でなんでも説明できると思う癖がありますよね。スペクトラムの人に顕著だけど、そうでなくてもある。何でも言葉で説明できると思いすぎますよね。でも人間って、じつは非言語的なパターン認識で動いているところがおおきい。そこが言葉で表現できたと思っちゃうと間違いが多いと思います。
鈴木)ちょっと難しそうなのですこし解説頂けますか?
米田)僕自身がある意味、精神科医としてはバイオロジストとして精神医学に入っていきました。以前このシリーズに出ておられたランディック日本橋クリニックの林先生もそうおっしゃっていましたけれども。ただ、バイオロジストとして精神疾患・精神障害に関わってきたなかで思うことは、生物学は人間にとっての意味を扱えないということですね。生物学を含めて自然科学というものは、それ自体としては事実に関わる学問ですから、事実でない想定や、文化的にしか意味を持たない観念や価値をそのまま取り扱うことはできないです。
鈴木)生物学とは?
米田)客観性の世界ですね。そこには人間が主観的に把握する意味の世界は出てこない。でも人々が普段生きている世界は意味で充満している。発達障害の人も意味の世界を生きているわけです。しかし、じゃあその世界を言語で表現しきれるかというと、それは不可能だと思うのですね。だから、この言語以前の意味の世界を生きている人間というのは、今のところ自然科学的認識で直接扱えないから、人文学的な方法論を用いて取り扱うしかないようなんです。そこを考えないで自然科学的な考えだけで押し通そうとすると、どうも発達障害の人への治療がうまくいかないのだなぁということですね。
だから、その意味では、いままで精神療法の専門家の人たちが、いろいろに工夫して、臨床的にずっと実践してきた領域ですよね。そういう領域の知恵みたいなものを発達障害の治療に活かすにはどうしたらいいかという段階が来ているかなと思いますね。
*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます
~~~ 米田先生へのインタビューは3回シリーズ 次回②では「文化的な土壌に根ざした療法にヒントがある」「高機能と境界域」「自閉スペクトラムの困難性」について伺います ~~~
明神下診療所 診療所長 米田 衆介
東大病院精神神経科医局、都立松沢病院を経て、2001年より、明神下診療所にて小児および成人の発達障害を主な対象として精神医療に従事。
明神下診療所
診療科目:神経科・精神科(専門外来として小児精神科外来あり)
最寄り:東京メトロ銀座線 末広町駅、東京メトロ千代田線・湯島駅、東京メトロ日比谷線・仲御徒町駅、都営地下鉄大江戸線・上野御徒町駅、JR御徒町駅、JR秋葉原駅
※2024年4月に閉院されました。
3B実用芸術研究所
種類:就労継続支援B型事業所
理念:生きるために必要なものを美しく作る
最寄り駅:JR/東京メトロ銀座線/日比谷線 上野駅、東京メトロ銀座線 稲荷町駅
3B(スリービー)実用芸術研究所 ウェブサイト