生活保護は、健康で文化的な最低限度の生活を送るために、また自立を助けるために用意された国の制度です。現在、発達障害*が原因で働けない、生活できる収入を得られないなどの人も利用できます。
しかし、「生活保護の申請方法がわからない」「生活保護を受けると他の社会保険を受け取れなくなるのではないか」などの疑問や不安を持っている人も多いのではないでしょうか。
本記事は、2022年7月28日に行われたKaien特別セミナー「【セミナー解説】発達障害の人が知っておきたい”生活保護”のこと」の内容をお伝えします。このセミナーでは、生活保護問題対策全国会議・事務局次長、社会福祉士で生活保護担当者の経歴を持つ田川英信(たがわ・ひでのぶ)さんを講師にお迎えし、発達障害の人が知っておきたい生活保護についてお話をうかがいました。
生活保護の内容・保護費、福祉事務所の「水際作戦」とは何か、生活保護を受ける際の発達障害者の不安・課題、よくある質問のQ&A、困ったときの相談先などを説明していますので、ぜひご覧ください。
2022年7月28日開催のオンラインセミナー【発達障害の人が知っておきたい”生活保護”のこと】(ゲスト:生活保護問題対策全国会議 事務局次長 / 元自治体 生活保護担当 / 社会福祉士 田川英信さん)の本編動画はこちら
生活保護とは?基本的な考え方を紹介
生活保護とは、健康で文化的な最低限の生活を保障すること、また自立を助けることを目的とした国の制度です。例えば、発達障害の症状により仕事ができない場合や、働いているものの収入が足りず生活できない場合などで、生活保護を利用できます。
生活保護は憲法第25条の「生存権」に基づく国民の権利です。厚生労働省も「生活保護を必要とする可能性はどなたにもあるものですので、ためらわずに自治体までご相談ください」と述べています。
しかしながら実際は、生活保護の利用をためらう人や利用したくてもできない人がいるのが現状です。生活保護問題対策全国会議・事務局次長で東京・世田谷区の生活保護担当者でもあった田川さんによると、「生活保護だけは利用したくない」「何か他の方法がないのか」などと相談を受けるケースが多かったと言います。社会的なイメージの悪さや偏見などによって、国民の当然の権利である生活保護の申請をためらう人が多いのです。
生活保護で受けられる給付はどれくらい?内容と保護費の目安
生活保護は、今現在生活がままならない人にとって確実に助けとなる制度です。ここでは生活保護への理解を深めるために、生活保護で受けられる給付の種類と保護費の目安について紹介します。
生活保護で受けられる8つの給付
生活保護で受けられる給付の種類は以下の8つです。
給付の種類 | 内容 |
生活扶助 | 食料、光熱費、服など暮らしのための費用 |
住宅扶助 | 家賃、地代、住宅の補修などの費用 |
教育扶助 | 小学校・中学校の義務教育にかかる教材費、給食費などの費用 |
医療扶助 | 病気やケガの治療のための費用 |
介護扶助 | 介護サービスを受けるための費用 |
出産扶助 | 出産のための費用 |
生業扶助 | 仕事に就くために知識、技術を身に付けるための費用 |
葬祭扶助 | 火葬・納骨などのための費用 |
上記の給付は、重複して受けられます。例えば、医療扶助+生活扶助+住宅扶助のように申請可能です。この申請内容を自治体が審査した結果、それぞれ必要な額が支払われます。
なお、上記の種類のうち、医療扶助と介護扶助は現物支給(診察、薬、病院収容など)で、それ以外は原則として金銭支給です。
生活保護の保護費の目安は6万〜7万円台
生活保護の保護費は、6万~7万円台(+家賃2万~5万円くらい ※地域や世帯構成によって変動します)が平均的な額です。ただし、最低限の生活を営むために足りない分が保護費となるため、申請者の年齢・家族の数・住んでいる地域(地域の物価)などの状況によって変わります。
もう少し具体的なイメージを持てるように、厚生労働省が公表している給付例(生活扶助の部分のみ。必要に応じて住宅扶助、医療扶助などが支給されます)を紹介します。
東京都区部等 | 地方郡部等 | |
3人世帯(33歳、29歳、4歳) | 16万4,860円 | 14万5,870円 |
高齢者単身世帯(68歳) | 7万7,980円 | 6万8,450円 |
高齢者夫婦世帯(68歳、65歳) | 12万2,460円 | 10万8,720円 |
母子世帯(30歳、4歳、2歳) | 19万6,220円 | 17万4,800円 |
※2023年10月1日現在
このように状況によって保護費の額は大きく変わります。そのため「いくらもらえるか」と悩むよりは、「最低限の生活ができる額がもらえる」と考えたほうがシンプルになるでしょう。
また、インターネット上には条件を入力すると保護費をシミュレーションしてくれるサイトもあるため、こちらを利用するのも便利な方法です。
意図的に申請が却下される!?生活保護の水際作戦とは
生活保護の水際作戦とは、福祉事務所(生活保護の窓口)で意図的に申請を阻もうとする行為です。「生活保護を受ける前に働いてください」「生活保護の申請をすると、家族に連絡がいきますよ」などと言って、生活保護の申請を取り下げさせようとしたり、申請させなかったりします。
水際作戦は国民の権利侵害につながりかねない行為です。なぜ、こうした行為が起きているのでしょうか。
田川さんによると、次の原因があると言います。
- 自治体職員が生活保護の正しい手引きを教えられていない。研修が不十分
- 担当者1人あたりの人数が多すぎて対応できない
- 国・都道府県による監査が「無駄な給付をしていないか」という観点に偏っている
田川さんによれば、1のような教育を受けた人が責任者となると、水際作戦が組織化しやすいということです。端的にいえば「生活保護を受けるのは悪い奴らだ」などと思い込み、できる限り申請を却下する組織になってしまいます。
2は都市部で多くみられる問題です。国の基準では担当者1人あたり80世帯ほどですが、都市部では120~150世帯となっています。自治体の業務負担を減らすために相談への対応が厳しくなっているというわけです。
知っておきたい!障害を持つ方が生活保護を受ける上での不安と課題
ここでは、発達障害を持つ人が生活保護を受ける上での不安と課題について解説します。
困ったことに気がつかない・頼ることに気づかず生活保護にたどり着けるか不安
田川さんによれば、生活保護を知らない、あるいは生活保護を利用できることを知らない人は多いと言います。このお話を踏まえると、発達障害の人の中にも、体が健康だったり、普通に働くことができそうだと他人に思われたりしているため、生活保護を受ける発想がない人が多いのではないかと推測できます。
また、コミュニケーションに問題を抱える人が多い発達障害の場合、「生活保護の申請・交渉が自分でできるだろうか」と不安になるケースも多いようです。引きこもり状態となっていて、福祉事務所に出向くのが難しい場合もあるでしょう。
田川さんによると、申請が難しい人をサポートするのも行政の役割だと言います。しかし現実には、他人から障害の程度がわかりにくい発達障害の人の場合、水際作戦に合うリスクが高まってしまいます。
そこで、可能であれば活用したいのが障害者手帳です。田川さんによれば、障害者手帳があればスムーズに生活保護を受けられるケースが多いと言います。発達障害であれば、精神障害者保健福祉手帳1~3級などを取得できる可能性があるため、医師やカウンセラーなどに相談してみるのもよいでしょう。
引きこもりの場合など親がなくなった後に生活保護を申請できるか不安
発達障害が原因で収入がなく親に扶養されている場合は、親がなくなった後に生活保護を申請できるか不安になるものです。例えばASDの症状によって全く外に出ない引きこもり状態となり、親以外との交流がなく電話にも出ないような場合には、自分で申請手続きをするのは難しいでしょう。
申請しなければ、保護されることはありません。生活保護の制度は、本人が自主的な申し出をしない限り利用できない「申請主義」を採っているからです。
しかし、生活保護法第7条には、代理申請できると書かれてあります。例えば、兄弟や親戚によって申請が可能です。また、田川さんによれば、福祉関係者や入居施設の職員などが付き添って申請してもらえると、コミュニケーションがとりやすくなり、生活保護の担当者が対応しやすいと言います。
食料が手に入らない、医療を受けられないなど危険な状況にある場合は、生活保護法第25条の「職権による保護」の対象になります。本人の意志に関係なく行政職員が生活保護できるため、何らかのSOSを発信することが大切です。あるいは、第三者が行政に通報しても良いのです。
生活保護を申請したら親類にばれる?生活保護に関するよくある質問を紹介
発達障害の人やご家族からいただいた下記の質問について、田川さんに回答していただきました。
- 障害年金と生活保護は併用できる?
- 所有物や財産がある場合でも生活保護を受給できる?
- 親類への扶養照会は避けられない?
- 世帯分離はしたほうが良い?
- 申請の際は支援者が同席したほうが良い?
質問に関する回答やポイントを紹介します。
障害年金と生活保護は併用できる?
障害年金と生活保護は併用できます。障害年金のほかにも、老齢年金や失業保険などすべての社会保険と生活保護は併用できます。しかし、併用できるからといって、トータルの給付額が増えるわけではありません。
生活保護の保護費は多いところで家賃を含めて12万〜13万円ありますが、あくまで最低限の生活をするための不足分を給付する仕組みになっているためです。障害年金をあてても足りなかった費用を計算して、保護費が決まります。この仕組みは、働いて収入を得た場合も同様です。
「受け取れる額が変わらないなら、生活保護だけ受けよう」と考える人がいるかもしれませんが、これはできません。田川さんによれば、生活保護には「他法他施策の優先」の原則があるため、障害年金など他の制度でもらえるお金をもらった上で、それでも足りない場合に生活保護を申請する流れになるということです。
所有物や財産がある場合でも生活保護を受給できる?
所有物や財産がある場合でも条件を満たせば受給可能です。住居に関しては、高価でなければ生活保護を申請可能です。ここでの高価とは、全国共通で2,000万円以上です。また、住宅扶助基準額に影響されて容認額が増える場合もあります。たとえば大阪市だと2,500万円程度、東京23区だと3,100万円程度が保有容認になる可能性がある金額です。
田川さんによると、「持ち家があるから生活保護できない」などと説明する職員がいれば、明らかに間違っていると言います。ただし持ち家の場合、家賃(住宅扶助)は出ません。
車の所有に関しては、「通勤・通院に使う」「他の交通手段が乏しい僻地に住んでいる」のいずれかの条件を満たせば生活保護を申請できます。しかし、この条件にあてはまらなくても、生活保護を受けた後に車や自宅を売却して得た利益から返還する形をとれば、生活保護を受けられます。
また、就職活動に必要なものを所有しているのはかまいませんが、新調する費用は生活保護からは出ません。スーツやカバンなどを買いたい場合は、生活保護費から出すように求められます。ただし、田川さんによると、生活保護とは別の自治体独自の施策から支給される場合があるということです。また、例えば大工になる際に安全靴や工具などの費用は就職支度費として全国一律で支給されます。
親類への扶養照会は避けられない?
親類への扶養照会は場合によっては避けられます。従来の生活保護では、両親・兄弟・子ども・祖父母などの3親等以内の親族にほぼ自動的に扶養できないか問い合わせる「扶養照会」が実施されていました。
しかし、この照会ルールによって生活保護を受けづらくなる現状があったため、ルールが改正されました。具体的には、以下のような条件を満たす親族は扶養照会をしなくても良いことになっています。
- 10年程度音信不通である
- この親族から扶養を受けると有害である
- 収入がない
- 70歳以上の高齢者である、など
ほかにも扶養照会を受けない条件がいろいろあるため、申請時に伝えておくとよいでしょう。
田川さんは、「つくろい東京ファンド」が作成したフォーマットを利用する方法を勧めています。「扶養照会に関する申出書添付シート」の内容を埋めて申請時に添付すると、ルールに沿う形で希望しない人に対する扶養照会が行われにくくなります。
コミュニケーションが苦手な発達障害の人にとっては、確実・正確に希望を伝えられる意味でも役立つツールです。
世帯分離はしたほうが良い?
生活保護は生活実態で判断されるため、単に住民票の上で別世帯にしても、同一世帯とみなされるのが一般的です。つまり、形式上の世帯分離によって生活保護を受けたり増額したりするのが、難しい仕組みになっています。田川さんによると、諸外国の多くは生活保護が個人単位であるのに日本は世帯単位であるため、十分な保護を受けられない人がいるということです。
なお、親と別居の場合は金銭的なサポートがあっても申請できます。このサポートは親が扶養義務を果たしているだけであって、世帯は別々だと判断されるからです。
扶養義務とは、生活保護の申請者の3親等以内(父母や子ども、兄弟、祖父母、孫、おじ、おば、おい、めい、など)が対象になる、経済的な援助をする義務です。ただし、義務といっても可能な範囲で援助すればよく、「音信不通なので扶養したくない」といった理由も認められています。扶養はお金があることと仲が良いことが前提となり、兄弟や親子でも扶養義務の履行が必ず求められるわけではありません。
いずれにしても別居の場合は、扶養してもらっても最低限の生活をするのに足りない分の保護費を受けとれます。
申請の際は支援者が同席したほうが良い?
申請の際は支援者が同席することをおすすめします。弁護士や生活保護制度に詳しい支援者などがいると、生活保護の担当者の対応が変わる場合が多いからです。もしも水際作戦をされ申請が受け付けられなかったなら、次回は支援者を連れていく方法もあります。
しかし、田川さんによると、それでもかたくなに水際作戦をする自治体もあるのだそうです。実際、生活保護されるべき人が却下されたため、弁護士が「行政不服審査法に基づく審査請求」を行い、ようやく生活保護されたケースもあると言います。
生活保護の手続きの流れと必要書類
ここでは生活保護を申請したい人に向けて、手続きの流れと必要書類を解説します。生活保護の申請は、一般的な行政手続きより複雑な部分があるため、前もって全体像を知っておくとよいでしょう。
生活保護の手続きの流れ
生活保護を受けるまでの流れは以下のとおりです。
①事前に相談する
地域を管轄する福祉事務所の生活保護担当に出向いて、生活保護を受けたいと伝えます。すると、生活保護の概要や他の利用できる制度を説明してもらえます。
②生活保護を申請する
福祉事務所の生活保護担当に、申請書と資産・収入を証明する書類を提出します。
③保護決定のための調査が実施される
生活保護をするべきか調べるために、家庭訪問や資産・収入の調査、扶養照会、就労の可能性の調査などが行われます。
④保護費が支給される
生活保護の審査が通ると、最低生活費から収入(年金や仕事の給料など)を引いた額が支給されます。
なお、支給開始後は、収入状況を毎月申告しなければなりません。また、年数回の訪問調査や就労に向けた助言・指導などの結果、生活保護が終了する場合があります。
生活保護の申請に必要な書類
生活保護の申請に必要な書類は以下のとおりです。これらは福祉事務所でもらえます。
- 生活保護申請書
- 資産申告書
- 収入・無収入申告書
- 一時金申請書 ※賃貸住宅に入居するための初期費用が必要な場合
また、準備しておくと申請がスムーズになるものは以下のとおりです。
- 本人確認書類(運転免許証、マイナンバーカードなど)
- 収入がわかるもの(給与明細、年金証書など)
- 通帳
- 印鑑
- 賃貸借契約書(賃貸住宅に住んでいる場合)
準備しておいたほうが良いものは、事前の相談時に聞いておくとよいでしょう。
生活保護を断られてしまったら!?生活保護に関する相談先
福祉事務所で生活保護を断られてしまったら、不当に追い返されている可能性があります。納得できる理由がない場合、田川さんは以下の生活保護問題対策全国会議のホームページから、地域の支援団体を探して相談することを勧めています。
生活保護問題対策全国会議「Q3 福祉事務所で保護を断られたらあきらめるしかありませんか?」
リンク先には全国各地に生活保護利用支援ネットワークがあるほか、全国青年司法書士協議会のように全国的に対応している団体があります。
掲載されている相談先は、生活保護について詳しい弁護士や支援者が的確にアドバイスしてくれる団体です。場合によっては福祉事務所に対する抗議もしてくれますので、困ったときは遠慮なく相談しましょう。
生活保護は憲法で保障された正当な権利
生活保護は、最低限の生活をするために誰でも利用できる、憲法で保障された制度です。発達障害によって仕事ができない、あるいは仕事をしていても収入が足りないときにも、生活保護を申請できます。
しかし、生活保護についてよく知らなかったり、コミュニケーションが苦手で申請手続きに不安がある人もいるでしょう。困ったときは、家族や地域の支援団体などにサポートを求めるとよいでしょう。
私たちKaienも、経済的な自立につながる、発達障害の特性に合った就業先を探すサポートをしています。とはいえ、生活保護を受けることを否定しているわけでは全くありません。そもそも仕事は誰かに強要されるものではないというスタンスをとっています。
例えば、「生活保護を受けながら、少しずつ働く時間を増やしたい」「長期安定的にストレスなく働ける就業先を探している」などの要望を受けて、就職・転職活動を支援致します。ぜひお気軽にご相談ください。
また、今回の記事では紹介しきれなかった、貴重なお話や具体的な質問にも答えていただいているのでぜひ動画も併せてご確認ください。
2022年7月28日開催のオンラインセミナー【発達障害の人が知っておきたい”生活保護”のこと】(ゲスト:生活保護問題対策全国会議 事務局次長 / 元自治体 生活保護担当 / 社会福祉士 田川英信さん)の本編動画はこちら
*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます
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