認知行動療法(CBT)とは、物事の捉え方を変えることでストレスの軽減を目指す治療方法です。不安障害圏の疾患、特にパニック障害、社交不安障害や強迫性障害に効果が高いことが知られており、うつ病や双極性障害などを含め、多くの精神疾患に効果が認められています。薬を使用しないため、薬による副作用が無いこともメリットの1つです。
この記事では、認知行動療法の概要や期待できる効果、治療にかかる期間や費用などを解説します。
認知行動療法(CBT)とは?
物事をどのように捉えるかを「認知」といいます。認知行動療法とは、認知と行動に働きかけることでストレスの軽減や感情のコントロールを目指す心理療法です。「Cognitive Behavior Therapy」の頭文字を取って「CBT」と呼ばれることもあります。
同じ出来事でも、それをどのように捉えるかによって受けるストレスの大きさが変わってきます。多くの人が些細に感じるようなことでも、大きく落ち込んだり焦ったりしてしまう人もいるでしょう。これは、認知の差によるものです。
認知行動療法では出来事に対する考え方を見直し、認知に伴う行動まで変化を促します。認知行動療法はもともと「認知療法」と「行動療法」に分かれていましたが、近年では認知行動療法として併せて取り組まれるようになりました。
以下で、認知療法と行動療法で取り組む内容をそれぞれ紹介します。
認知療法とは?
認知療法は、出来事の捉え方を整えるための療法です。うつ病などに悩まされている人は出来事を悲観的に捉えてしまう傾向があるため、より現実に沿った捉え方ができるように考え方を見直していきます。
例えば「仕事のミスを注意された」という出来事があった場合、悲観的・否定的に捉えて「自分は職場で嫌われている」「自分は無能だ」などと感じてしまうことがあります。このような考え方では常に過度なストレスがかかってしまうため、認知の偏りの改善が必要です。
具体的な方法としては、医師やカウンセラーと面談を行ったり紙に書き出したりすることで出来事を冷静に捉え、より柔軟な考え方ができるように導く「コラム法」などがあります。
行動療法とは?
認知療法が考え方を変える方法であるのに対して、行動療法は行動を変化させて状況を改善させる方法です。例えば、パニック障害で電車に乗れない人は、以下のような行動療法によって症状の改善を目指すケースがあります。
- カウンセラーや友人と電車に乗ってみる
- 駅の改札まで一人で行ってみる
- ホームまで一人で行ってみる
- 人の少ない時間帯に1駅分だけ一人で電車に乗ってみる
- 一人で電車に乗る区間を伸ばしてみる
このように、支障のある行動に徐々に慣れさせて克服を目指す方法を「暴露法」といいます。
認知行動療法で期待できる効果
認知行動療法に取り組むと、ストレスを軽減したり物事を前向きに捉えられるようになったりする効果が期待できます。
例えば「同僚と目が合ったのに挨拶をしてくれなかった」というシーンで考えてみましょう。認知に偏りがある状態では「無視された」「自分は嫌われているのかも」などと捉えてしまい、大きなストレスがかかります。
認知行動療法で認知の偏りが改善すれば、「考え事をしていたのかな」「こちらに気づいていなかったのかもしれない」と考えることができ、それほどストレスは感じません。悲観的な考えに陥る頻度が減り、気持ちを切り替えやすくなる効果も期待できます。
また、ストレスが軽減されることで精神疾患の予防や再発防止にもつながります。
認知行動療法で着目する4つの側面
認知行動療法では、「認知」「感情」「身体」「行動」の4つの側面に着目します。「どのように認知するかで感情が変わる」「感情によって身体に反応が出る」など、この4つは互いに影響を及ぼし合う関係です。
ここでも「同僚と目が合ったのに挨拶をしてくれなかった」というシーンで考えてみましょう。このとき、上記4つはそれぞれ以下のような状態に陥ることがあります。
- 認知:自分は嫌われているのかもしれない
- 感情:悲しい・不安
- 身体:心拍数が上がる
- 行動:部屋に閉じこもる
この4つのうち、自分でコントロールしやすいのが認知と行動の2つです。一方、感情や身体の反応は自分で変えようと思ってもなかなか変えられません。
そのため、認知行動療法では「こちらに気づいていなかっただけかもしれない」と認知を改めたり、「気分転換に外を散歩してみる」と行動を変えたりします。
感情や行動に影響を及ぼす自動思考とは?
自動思考とは、ある出来事に対して反射的に浮かんでくる考えやイメージのことです。自動思考で思い浮かべたイメージによって、感情や行動、身体への反応などが変わってきます。そのため、認知行動療法では自動思考に着目して働きかけます。
ネガティブな考え方に囚われた状態では、悲観的・否定的な自動思考が生まれがちです。悲観的な自動思考をそのまま認知として捉えてしまうと、大きなストレスがかかってしまいます。そこで、反射的に浮かんだ自動思考を現実的な考えに見直し、認知の偏りを改善していきます。
自動思考の元になっているのは、「スキーマ」といわれる無意識の価値観です。例えば「自分は人に嫌われやすい」というスキーマを抱えている人は、ささいな出来事でも「嫌われてしまった」と認知してしまうことがあります。認知行動療法とは別に、このスキーマに働きかける「スキーマ療法」という治療法も存在します。
認知行動療法の対象者
認知行動療法は、主に以下のような人が対象になります。
- うつ病
- 双極性障害
- 社交不安障害
- 発達障害*
- 統合失調症
- パニック障害
- 心的外傷後ストレス障害
- 強迫性障害
- 摂食障害
- ネガティブな考えを和らげたい人
- 職場や学校での人間関係に悩んでいる人 など
抗うつ薬などを使う薬物療法と認知行動療法を併用するケースもあれば、症状が軽度なら認知行動療法のみで治療を進めるケースもあります。
認知行動療法の期間と費用
認知行動療法にかかる期間は、主治医やセラピストの方針や本人の状態によって変わってきます。一般的には、3ヶ月以上にわたって16回から20回程度の面談を行うケースが多いです。認知行動療法では物事の捉え方を徐々に変えていくため、短期間で終わらせるのではなく時間をかけて治療を進めることになります。
かかる費用もケースによってさまざまです。
健康保険の適用も設定されており、各疾患ごとに厚生労働省のマニュアルもあるのですが、残念ながら多くの病院や診療所にとって利用可能な状況になく、大部分は自費で受ける必要があります。
費用の詳細については、事前に実施機関に確認しておきましょう。
認知行動療法を医療機関で受けるときの流れ
医療機関で認知行動療法を受ける場合、一般的に以下のような流れで進みます。
- 困っていることや改善したい症状などを医師に伝える
- これからの目標を立てる
- 治療の進め方について医師と相談しながら計画を立てる
- カウンセリングを進めながら効果が出ているか判断する
- カウンセリングを繰り返す
- 目標の達成を確認できたらカウンセリング終了
人によって困っていることや認知の偏り度合いが異なるため、はじめに医師から詳しいヒアリングを受けて目標や治療の計画を決めていきます。その計画に沿って認知行動療法を繰り返し行いながら、効果が出ているか確認します。
治療計画によっては医師によるカウンセリングだけでなくホームワークを行うケースもあり、具体的な治療内容は人それぞれです。認知行動療法を一定期間繰り返し、医師と本人の双方が「目標を達成できた」と判断できればカウンセリング終了となります。
医療機関によっては、数ヶ月後にフォローアップのための面談を行うことがあります。
認知行動療法は集団で行う方法もある
認知行動療法は医師やカウンセラーと本人の1対1で行う実施機関が多いものの、一部の施設では集団で行うケースもあります。複数人で集まって困っていることや物事をどう捉えるかなどを話し合うことで、自分の認知や行動についてより客観的に把握するきっかけになります。
また、他の参加者の考え方を参考にして認知の偏りの改善に取り組むことも可能です。人によっては、集団の認知行動療法が向いているかもしれません。
認知行動療法のメリットとデメリット
認知行動療法のメリットは、薬を服用するわけではないため副作用の心配がほとんどない点です。薬の副作用の心配をせずにストレスの軽減や精神疾患の予防ができるのは大きなメリットでしょう。また、症状を発展させてしまっていた根本の考え方や行動を変えていくことで、再発率は低いというメリットもあります。
一方デメリットは、効果が出るまでに時間がかかる点です。徐々に症状を改善させていくという特性上、どうしても数ヶ月程度の時間が必要になり、即効性は期待できません。また、医療機関で多くのカウンセリングを受けると、それだけ多くの費用がかかる点にも注意が必要です。
費用を抑えるには保険適用の医療機関を選ぶ必要がありますが、認知行動療法を保険診療内で受けられる医療機関は少ないという問題もあります。お住まいの地域によっては、認知行動療法を受けられる機関が見つからないというケースもあるでしょう。
認知行動療法はセルフで実践できる?
認知行動療法は、セルフで実践することも可能です。費用を抑えたい人や通いやすいところに実施機関がない場合は、自分ひとりで認知行動療法に取り組むという選択肢もあります。
認知行動療法をセルフで行う方法のひとつが、コラム法です。ストレスを感じたときや落ち込んだとき、以下の7つの項目を詳しく書き出してみてください。
- 具体的な出来事
- 感情
- ネガティブな思考の内容
- その思考に至った根拠
- その思考に対する反証
- 客観的な別の考え
- 感情がどう変化したか
認知行動療法をセルフで行うには、自分の認知や感情をある程度冷静に見られる心の余裕が必要です。人によってはよりストレスを感じてしまうこともあるため、うつ病などで医療機関を受診している人は主治医に相談したうえで取り組むようにしましょう。
認知行動療法を実践してみよう
認知行動療法は、自分の認知と行動を見直してストレスの軽減を目指す心理療法です。認知に偏りがあると、些細なことでも大きなストレスを感じてしまいます。認知行動療法に取り組むと物事を悲観的・否定的に捉える頻度が減り、前向きに行動できるようになります。
「他の人は気にしていないような出来事にひどく落ち込んでしまう」といった場合は、認知行動療法で症状を改善できるかもしれません。認知行動療法を実施している医療機関がお近くにある場合は、受診を検討してみてはいかがでしょうか。
*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます
監修者コメント
認知行動療法(CBT)は2000年代を通じて急速に日本でも広がってきた精神療法です。CBTの大きな特徴の1つはエビデンスに基づいたメソッドがしっかりと確立されていることです。従来の精神療法の効果には、かなりな程度治療者の人格面、つまり誰がやるか、という人的側面が強かったのに対して、CBTは技術的側面が強く、効果とその再現に信頼の置ける治療法でもあります。
適用される疾患としては、基本的にはほぼ全てと言っていいのですが、その中でも不安症圏の疾患、パニック障害、社交不安障害、そして強迫性障害への効果が非常に高いことが知られています。特に強迫性障害に対しての効果は目覚ましいものがあり、非常に驚いた経験もありました。もちろん、うつや様々なストレスへの対処法としても有効です。
ただ、CBTはその過程の中で、こなさなければいけない課題も多く、外来で行うにはある程度精神的に安定している必要もあります。不安定な精神状態の中で行うには、入院のようなしっかりとした保護環境下で行う必要もあるでしょう。1回のセッションにかかる時間も必要で(最低30分、通常は60分)、保険診療内で行うことは外来では基本的に難しいため、自費によるセッションを受ける必要があります。コストは掛かりますが、その分丁寧なCBTを受けられるはずです。
尚、エッセンスを学びながらある程度は自分でやってみたいという方は、本を参照しながら行うことも可能です。経験豊富な治療者による、わかりやすい本が沢山出版されていますので、是非手にとって欲しいですね。CBTの技法は、実は私達が健康な時には無意識に行っているやり方でもあります。ストレスが溜まりづらいという方は自然にできているとも言えます。まずは入門書を手に取ることをお勧めします。
監修 : 松澤 大輔 (医師)
2000年千葉大学医学部卒業。2015年より新津田沼メンタルクリニックにて発達特性外来設立。
2018年より発達障害の方へのカウンセリング、地域支援者と医療者をつなぐ役割を担う目的にて株式会社ライデック設立。
2023年より千葉大子どものこころの発達教育研究センター客員教授。
現在主に発達障害の診断と治療、地域連携に力を入れている。
精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、医学博士。