▪年齢:20代後半 ▪診断名:ASDのグレーゾーン ▪仕事における苦手なこと :口頭指示のみの理解、マルチタスク、スケジュール管理、急な予定変更への対応 ▪就職した職種:事務職(障害枠) |
仕事をして初めて困難に感じた自分の特性
―――幼い頃はどんなお子さんでしたか?
幼い頃は、変わった子どもでした。道路標識がすごく好きで、絵柄が描かれたカードを出して並べてみたり。CMが流れると、「ソニーソニー」「コカコーラだ」と企業名を言ったりとか。
あとは、アルファベットをいきなり逆から言い始めるというような行動を取ることがあり、この子は天才なんじゃないかと言われることもありました。一方で、母はそうした僕の行動に対して違和感を持っていたのですが、それもひとつの個性なのだろうと思っていたそうです。
―――診断名と特性を教えてください。
幼少期の頃に、グレーゾーンのASDという診断を受けました。障害特性自体は薄いので、日常生活で大きく支障をきたしてしまうということはありませんでした。
ただ、衝動的に行動してしまうというようなところがあって、これまでにも部活やサークルでトラブルが起きるようなことがありました。あと、ストイックすぎるところがあるせいで、方向性の違いや周囲と意見が衝突してしまうことがありました。
―――Kaienにつながる前は何をされていましたか?
設計会社で働いていました。入社した会社が人数が少ないところだったので、タスクをいかに効率よくやるかが求められる現場でした。残業も毎日のようにありました。
中でも、特に優先順位を決めて対応することが難しくて、不安を抱えながら仕事をしていたことを覚えています。すると、そのうち元々出来ていたことも出来なくなってしまって、もしかしたらASDの症状が関係しているのかもしれないと思いました。
しかし、それを上司に伝えたところ、「なんでそんなことを隠していたんだ」と逆に責められ、叱責が多くなりました。そのうち僕も心が折れてしまい、適応障害の診断を受けて退職したんです。その頃は本当に辛かったなと思います。
訓練で見つけた「向いていること」が自分の自信に
―――Kaienで訓練を始めようと思ったきっかけがあれば教えてください。
当時はASDの傾向が顕著に出ているから、仕事ができないんじゃないかと悩んでいました。でも、それはもう仕方がないことだから、とりあえず自分の障害と向き合って、自分に合った仕事を見つけたいと思ったのが訓練を始めたきっかけです。
―――印象に残っている訓練はありますか?
特に印象に残っているのは、データリサーチの訓練です。3700人くらいに調査したアンケートから傾向やニーズを分析し、新しいPC教室を提案するというようなものでした。
それに対し、講師やスタッフからその分析の観点が的確だと評価いただいて、そうした分析業務は自分にとって得意な作業なのだと気付きました。それは、自分の就職先を探す軸にもなりました。
一方で、苦手なマルチタスクがが入ってくる訓練はとても苦労しました。対策としては、「この優先順位で問題ないか」というのを逐一講師に確認することで、不安はありつつも進めることができたのだと思います。
―――訓練を通して学んだことはありますか?
自分にも向いていること、出来ることがあるのだと知ることができました。講師やスタッフからそれを教えてもらえて自己肯定感を上げることができましたし、それによって自信もついたと思います。
得意を活かして新たな業務に挑戦
―――就活は訓練を開始されてからどのくらいで始められましたか?
3ヶ月くらい経った頃から、興味のある企業説明会に参加し始めました。ちょうど、その頃に訓練を通じて自分の得意なことを見つけることができ、就活の方向性もある程度絞れるようになりました。
本格的に面接練習を始めたのは、4ヶ月目あたりです。その時に、たまたま出てみた企業の説明会にすごく共感して、ぜひ受けたいと思いました。内定をいただいたのもその企業です。
―――就活の軸はありましたか?
業務内容というよりは、環境を重視していました。何か困ったことがあれば、相談できる人が明確にいる環境です。あとは、安定して働きたい気持ちがあったので、正社員の登用があることを条件に入れていました。
業務内容で言うと、訓練の中でデータ分析に強いことが分かったので、事務系の仕事を中心に見ていました。
―――就活で苦労したことがあれば教えてください。
初めはやりたいことがなかったので、まずはそれを見つけることに苦労しました。しかし、この辺りは訓練を通して、自分の得意なことが見つかったので早めに解決しました。
あとは、履歴書やエントリーシートの作成は大変でした。だらだら書いてしまう傾向があるので、何度も赤ペンに出して端的な表現になるよう修正してもらいました。
―――今回就職されたのは事務系のお仕事ということですが、前職と同じような仕事をしようと思わなかったのですか?
全く思いませんでした。トラウマもありましたし、またそこでやったことによって、変に失敗してしまって自分が壊れてしまわないかという不安がありました。だったら、心機一転して新しいことに挑戦してみようと思ったんです。
”卑屈”だった僕が自分を大切にできるようになりました
―――この半年を通してご自身が変わったと思うことはありますか?
すごくいっぱいあります。自分は元々、結構自分勝手な人間だったのですが、中学3年生の時の先生に「もう少し謙虚に生きろ」と言われたことで、それ以降は謙虚に生きようと心掛けてきました。
それは社会人になってからも続けていたのですが、年を重ねるにつれて、年々『謙虚』が『卑屈』な姿勢へと変わっていってしまったんです。
けど、訓練を通じて自分にもできることや向いていることがあることを知れて、自信をつけることができました。何より自分自身を大切にすることができるようになりましたし、物事も前向きに捉えられるようになったと思います。
それに通ずることで、プライベートでも嬉しかったことがあります。今、趣味でバスケのサークルに通っているのですが、そこで仲良くなった友人から「昔、卑屈な人だったとは思えない。あなたはすごく優しいし褒め上手だよ。」と言ってもらえたんです。
そんな言葉をもらえたことで、自分としても変わることができたのだと思いました。Kaienを通じて、ひとりの人間として大きく成長できたと感じますし、本当に今が一番充実していると感じています。
―――今後の目標や展望はありますか?
まずは新しい環境で仕事を始めるので、1日も早く業務に慣れ、周りから信頼される人材になりたいと思っています。あとは、僕と同じようなASDやグレーゾーンの人に自分が今まで身に付けてきた対策を活かして、彼らを助けてあげられるような人になりたいです。
あと、自分がこれから社会に貢献していくことが、今までお世話になったスタッフや講師の人にとって恩返しになると思うので、頑張りすぎず自分のペースで頑張っていきたいです。
付録 ~Sさんのこと~
僕はバスケが好きです。父がずっとやっていたので身近なものではあったのですが、実際に自分もやってみて、チームで一つの目標に向かってプレーすることに面白さを感じました。あとは、NBAが大好きなので、X(旧Twitter)でそれぞれのチームや選手に対して、自分の見解を発信しています。ちなみに、1800人以上のフォロワーがいます。
あと、Kaienに入ったのと同時期にバスケを再開して、そこから体重を20キロ落としました。正直、ここまで継続できて、それが結果としてカタチにできたのは初めてです。Kaienやバスケのサークルでの出会いは自分を変えるきっかけになりましたが、一番は僕自身が考え方を変えたのが大きいです。本当に良い方向にシフトしていったなと感じています。
*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます