発達障害*の1つであるASD(自閉スペクトラム症)は、生まれつき脳機能にかたよりがあることによって独特の特性が見られる状態を指します。
ASDは生まれつきの特性によるもののため、大人になってからいきなりなることはありません。しかし、ASDの診断がつかないまま成人し、社会に出てから人間関係や仕事で困難さを抱え、ASDの特性に気付き診断がつくことを「大人のASD」といいます。
大人のASDの方の中には、社会生活で苦手なことが多く、つらい思いをしている方も少なくありません。今回は大人のASDをテーマに、苦手なことや困りごとへの対処法を解説します。
大人のASD(自閉スペクトラム症)の方が苦手なこと
ASDの主な特性として、社会的なコミュニケーションが難しい、特定の物事に強いこだわり(または反復性)がある、感覚が過敏(または鈍麻)という点が挙げられます。
こうした特性から、対人関係の構築や柔軟に思考・想像すること、社会的に適切にふるまうことを苦手とするASDの方も少なくありません。対処法を知るためにも、まずは大人のASDの方が苦手なことを細かく見ていきましょう。
あいまいな指示を出される
ASDの方は複数の外部情報から1つの意味を見出す「知覚統合」や、物事の全体像を的確に捉える「中枢性統合」といった認知機能にズレが生じることがあります。そのため、あいまいな指示の裏に隠れている真意や感情を理解することが難しく、独自の解釈をして誤った行動をとってしまいがちです。
こうした認知機能のズレによる思い込みや勘違いが、トラブルに発展するケースも少なくありません。リスクの想像が苦手なため、大丈夫だろうと思って行動し、結果的に問題となってしまう場合もあります。仕事場などで指示を受けた際は、「何を」「いつまでに」「どのように」するか明確にしておきましょう。
臨機応変な対応
ASDの方の特性として「こだわりの強さ」が挙げられます。これは物事が常に一定であることを好む「同一性保持の欲求」という特性から来るもので、安心感を得る・不安感を減らすといった側面もあります。そのため、自分の決めた手順ややり方(こだわり)が乱されると混乱し、予定や物事の突然の変更に臨機応変に対応することが苦手です。
また、先ほど説明した中枢性統合の弱さや、計画を立てたり優先順位をつけて行動したりすることが苦手な「実行機能の弱さ」、目で見た情報をすぐに処理する「処理速度の遅さ」といったASDの特徴も関係します。臨機応変な対応にはあらゆる要素が必要となるため、ASDの方は苦手と感じることが多いようです。
コミュニケーションや人との関わり
ASDの方は、心の理論の欠如により他人の気持ちを想像したり理解したりするのが難しい傾向があります。そのため、相手の発言の意図や背景が読み取れず、時には相手を不快な気持ちにさせてしまうことも少なくありません。
またASDの方の中には、コミュニケーションが苦手ではあるものの、ある程度普通にふるまえる方もいます。しかし、その対価としてすぐに疲れてしまったり、不安が強くなってしまったりするケースもあります。
これはいわゆるASDのグレーゾーンと呼ばれる方に多く見られ、周囲に合わせるために気配りしすぎる「過剰適応」になってしまうケースも少なくありません。無理を重ねることで、うつや適応障害といった二次障害を起こす場合もあります。
刺激や情報量の多い場所
ASDの特性の1つである「感覚過敏」から、刺激や情報量の多い場所を苦手と感じるASDの方も多くいます。例えば、一般的には気にならないような以下のような刺激も、ASDの方には大きなストレスとなりえます。
- 職場の蛍光灯の光
- パソコン画面の明るさ
- オフィスの空調の音
- 食堂など複数の料理が混ざった匂い
- 人の往来が多い場所
近年では、対策としてイヤーマフやノイズキャンセリングのイヤホン、サングラスなどを着用するASDの方も増えています。合理的配慮の行き届いた職場であれば、パーテーションで仕事用デスクを区切り、余計な刺激や情報を遮断することもできるでしょう。
オンオフの切り替え
ASDの方には、「シングルフォーカス」という1つのことをずっと考えてしまう、あるいは意識を向けられる範囲が極端に狭いといった特徴があります。このシングルフォーカスは集中力が高く、1つのことに打ち込めるという長所になる一方で、1つの考えに固執してしまい、オンオフや気持ちの切り替えがしにくいといった面もあります。
また、ASDの「こだわりの強さ」も気持ちの切り替えの苦手さにつながります。例えば何か仕事上のルーティンがあったとして、「定時が来たから帰宅しろ」と上司から言われても、こだわりの強さゆえルーティンを終わらせるまで切り替えができず、いつまでも業務を続けてしまったり、途中で切り上げて帰宅してもルーティンのことが頭から離れなかったりします。
場の空気を読む
「社会的なコミュニケーションの難しさ」という特性から、場の空気を読むことが苦手なASDの方も少なくありません。ASDの方は、表情、ジェスチャー、声のトーンといった非言語的なサイズを正しく理解することが困難です。また、先述した中枢性統合の弱さにより、場の状況を正しく認識する(=場の空気を読む)ことを苦手と感じるケースが多くあります。
また、薄い自閉の方の場合は前項で挙げたように、一生懸命空気を読もうとしてストレスや疲労が溜まり、過剰適応を起こしてしまうケースも珍しくありません。
微細粗大運動
ASDの方はDCD(発達性強調運動症)を併存しているケースがあり、その場合は微細粗大運動の苦手さが見られます。微細運動とは箸を使ったり字を書いたりするなど、指先を細かく使う動作を指し、粗大運動は立ったり座ったりなど体を大きく使った動作のことです。
微細粗大運動の苦手さが、日常生活の動作の困難につながることも少なくありません。
大人のASDの方に多い困りごと
大人のASDの方が仕事で抱えやすい困りごととして、以下が挙げられます。
- 突然の予定変更が苦手で臨機応変に対応できない
- 丁寧に接しているつもりが、無礼だといわれてしまう
- 曖昧な指示や抽象的な表現の理解が困難
- 相手の目を見て話すことができない
- 会社の暗黙のルールの理解や空気を読むことが苦手
- 小さなことでも他人のルール違反に過剰に反応してしまう
- パソコンの画面や職場の電球が異様に明るく思える
- 周囲と足並みを揃えて行動することが苦手
- ある程度のコミュニケーションは取れるものの疲労感や不安感が強い
ASDの方は、その特性から対人関係の構築や柔軟に思考・想像すること、社会的に適切にふるまうことを苦手とするケースが多く見られます。こうした困りごとを軽減できる、理解のある職場や職種を選ぶことが大切です。
ASDの方の苦手なことへの対処法
ASDの特性は先天的な脳機能のかたよりによるもののため、治癒という次元では考えず、特性とどう付き合っていくか、どう対処していくかという方向で考えます。ASDの方が苦手とする社会的なコミュニケーションや対人関係の構築は、「トレーニング」や「自己理解」といったASDの治療や対応である程度まで対処できるようになります。
ここでは、苦手なことへの主な対処法を見ていきましょう。
自己理解
ASDの方における「自己理解」では、自分自身を客観的に分析することで、日常生活の解決策を導き出します。
これまで失敗したことや苦手に感じたことをはじめ、自分自身の特性や感覚、行動パターンを紙に書き出し、その内容にもとづいて自己管理の方法や苦手に出会ったときの対処法を導いていきましょう。ASDの特性と共に、どうやったらストレス少なく社会生活を送れるか、自分なりのガイドブックをつくっていくプロセスです。
自己理解は、ASDの方が自分に合った環境や仕事、ライフスタイルを選ぶうえでの重要な指標となります。
ソーシャルスキルの習得
「ソーシャルスキル」とは、社会の一員として生活していくうえで必要なスキルです。ASDの方は、特性によりソーシャルスキルを自然に身につけることが難しい場合が多くあります。そのため「SST(ソーシャルスキルトレーニング)」を通して、円滑に社会生活や日常生活を送るために必要なソーシャルスキルを身につけていきます。
SSTは医療施設や精神保健福祉センターなどで実施しており、ロールプレイやディスカッション・ディベートなど、さまざまな方法があります。内容は「相手に自分の気持ちをどのように伝えるか」「イレギュラーが起こったときにどうするか」など多岐にわたります。
メモと復唱を活用する
ASDの特性であるコミュニケーションの困難さをカバーするには、相手の言っていることを正しく理解する「受信力」を上げることが大切です。その方法の1つとして、メモと復唱の活用があります。日頃から指示を受けた際にその内容を細かくメモにとり、まとめておきましょう。そしてメモした内容を復唱して相手に確認すれば、聞きもらしや自分が理解した内容にズレが生じるのを防ぐことができます。
グレーゾーンの方の場合
ASDのグレーゾーンとは、ASDの特性があるにもかかわらず、診断基準をすべて満たしていないため確定診断が出ていない状態のことです。ASDのグレーゾーンの方は「過剰適応」を起こしたり、感覚過敏や環境の刺激に影響されやすい「HSP」気質であったりする場合が多くあります。グレーゾーンの方は日頃から精神を消耗しやすく、感情のアップダウンが激しくなる、強い不安感を抱えやすいといったケースも少なくありません。
こうしたつらさへの対処として、安心できる人から定期的なフィードバックを受ける、調子が良い時に合わせず、調子が悪い時でも実践可能なルーティンをつくる、生活リズムを整えて健やかな生活を送るといった方法があります。アップダウンがあることを前提に、意識的に心身を癒す時間を取ることも大切です。
合理的配慮を求める
合理的配慮とは、障害のある方が障害のない方と社会生活の場に同等に参加できるよう、それぞれの特性や困りごとに合わせて行われる配慮のことです。事業者は障害のある方に求められた場合、合理的配慮を提供することが義務化されています。
ASDの方の合理的配慮の例として、騒音や明るすぎる照明を避けるため、静かな場所での作業やパーテーションの提供などが挙げられます。また、イレギュラーをなくすために毎日の作業スケジュールを固定し、予測可能な業務環境をつくる、複雑な仕事を小さなタスクに分割して具体的で順序立てた指示を与えるといった配慮の求め方もあります。
支援機関に相談
大人のASDの方は、仕事や生活上の苦手なことに対して自分でどうにかしようとするのではなく、適切な支援機関に相談しサポートを受けるのも1つの方法です。ASDを含む発達障害の方の相談先として、主に以下が挙げられます。
- 発達障害者支援センター
- 精神保健福祉センター
- 当事者会・自助グループ
- 親の会・家族会
また、発達障害の方で就職や転職を考えている方、仕事上の困りごとを抱えている方は、以下の支援機関の利用もおすすめです。
- 就労移行支援事業所
- ハローワーク
- 障害者就業・生活支援センター
- 地域障害者職業センター
障害のある方の代表的な就労支援機関として、就労移行支援所があります。次で概要や支援内容を詳しく見ていきましょう。
ASDの方の苦手なことを補う支援
就労移行支援とは、障害や難病のある方を対象に一般就労を目指して「職業訓練」「就活支援」「定着支援」などを行う福祉サービスです。
Kaienの就労移行支援では、発達障害の方に特化した苦手なことを補う支援として、ライフスキル講座や就活講座といった各講座を常時開講しています。講座では、コミュニケーションの基礎から相手の気持ちを読む練習、メモ取りや電話対応まで幅広く学べます。また100種類以上の仕事を体験できる実践的な職業訓練を実施しているので、ご自身の特性や得意・不得意に合った職種を選ぶ参考になるでしょう。
就活支援では、Kaienが連携する発達障害に理解のある200社以上の企業の求人から、苦手を補いながら働ける職場を見つけていきます。就職後も、Kaienのスタッフが就労に対する不安解消のアシストをしながら、職場定着へのサポートを行うのも特徴です。
Kaienでは随時無料の見学会や体験利用を実施していますので、ぜひお気軽にご連絡ください。
苦手なことを知り適切な対処を
ASDの特性から、日常生活や社会生活で苦労し、葛藤を抱える方は少なくありません。しかし、ASDの特性由来による苦手なことや困りごとは、自己理解を深め、ソーシャルスキルトレーニングを積み重ねることで少しずつ対処ができるようになります。また、職場に合理的配慮を求めたり、支援機関に相談したりする方法も有効です。
Kaienでは、ASDの方の自己理解やソーシャルスキル習得に向けたサポートも行っています。ご自身の特性や苦手なことに悩んでいる方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます
監修者コメント
大人のASDが話題になり始めて久しくなりました。診断数は日本のみならず、先進諸国ではどこでも20年前と比べて格段に増えています。その理由は複合的な要因があって、何が絶対的な理由とは言えないのですが、診断基準の確立と普及により、ASDの特性をより的確に把握できるようになったとはいえるでしょう。それに加えて、サービス業中心の職務が増え、ASDの方が抱えるコミュニケーションの苦手さが障害として捉えられる機会も増加したということもあるでしょう。サービス業は多くの新しい人を顧客として迎えますから、色々な人への柔軟で臨機応変な対応が求められます。こだわりの強いASDの方には対応するのに不安を感じる局面が出てきます。苦手な場所、雑多な音、匂い、人の所作など様々な感覚に迫られる場面では、感覚過敏が問題になることも多いでしょう。ASDの特性自体は、状況や環境によって「障害」となることもあれば、そうでないこともありえます。さらに、ASDと診断された方々の特性は千差万別であり、診断名は個人の一側面を示すに過ぎません。性格や個性は診断名とは別個のものであり、その人らしさは診断名だけでは決して説明できないことを理解する必要があります。ともあれ、ご自分の、もしくはご家族のASD特性が、何かしらの「生きづらさ」に繋がっている場合、本記事にある通り、医療機関のみならず、支援機関もありますから、頼って欲しいところです。ASDという「診断名」はそういった支援を受けるために必要な「道具」でもあると捉えてみても良いでしょう。
監修 : 松澤 大輔 (医師)
2000年千葉大学医学部卒業。2015年より新津田沼メンタルクリニックにて発達特性外来設立。
2018年より発達障害の方へのカウンセリング、地域支援者と医療者をつなぐ役割を担う目的にて株式会社ライデック設立。
2023年より千葉大子どものこころの発達教育研究センター客員教授。
現在主に発達障害の診断と治療、地域連携に力を入れている。
精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、医学博士。