大人の限局性学習症(SLD)とは?特徴や診断方法、対処法を解説

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「限局性学習症」と聞くと、子どもが勉強を苦手とする状態を思い浮かべる方も多いでしょう。しかし、発達障害*の一種である限局性学習症は、大人になってからもさまざまな困難を引き起こすことがあります。大人の限局性学習症の特徴や適切な対処法を知ることで、自分に合った働き方が見つけやすくなるはずです。

この記事では、「大人の限局性学習症(SLD)」の概要や特徴、文部科学省の定義と医学的診断基準の相違点などを紹介します。職場でよくある困りごとと、その対処法についても解説するのでぜひ参考にしてください。

限局性学習症(SLD)とは?

SLD(限局性学習症)は、全体的な理解力などに遅れはないものの、読み書き計算などの特定分野の学習に大きな困難がある状態です。単に成績が悪いということではなく、視覚的短期記憶や聴覚的情報処理といった認知能力の凸凹が、結果として特定科目の苦手さという形であらわれます。

また SLDは、文部科学省の定義と医学的診断基準が異なる点に注意が必要です。教育の立場においては、文部科学省の定義である「全般的な知的発達の遅れはないものの、見たり聞いたり推論するといった広い面での学習能力の障害」を指すのに対して、医学的には「読み書きや算数技能の獲得における特異的な発達障害」を指すことが多くあります。

学習障害(LD)との違い

LD (学習障害)は「Learning Disorder」または「Learning Disability」の略で、日本語では「学習障害」と呼ばれていました。文部科学省の定義では、知的発達に遅れはないものの「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」などの能力面で、学習に困難がともなう状態を指します。

一方で、医学的な診断基準としてよく参照されるのが、アメリカ精神医学会が発行する「DSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)」です。DSMは文部科学省の定義とは異なる部分もあるため、診断基準の詳細については後述します。なお、DSMは2022年にDSM-5から「DSM-5-TR」に改訂され、LDの診断名が「SLD = ”Specific Learning Disorder” (限局性学習症)」に変更されました。

大人の限局性学習症(SLD)

SLDはほかの発達障害に比べて適切に評価し、診断や対応を提示できる医療機関が少ないことから、子どもの頃に見過ごされやすい傾向にあります。また、SLDはASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)と併存しやすい傾向にあり、子どもの頃にASDやADHDの特性が顕著な場合、コミュニケーション面などの問題が目立ちやすく、保護者や教師も読み書き計算の困難に気づきにくいことも、見過ごされやすい要因の1つです。

そして大人になって就職などを機に、読み書き計算の困難さが目立つようになり、SLDの特性に気づくというケースも少なくありません。例えば、資料やマニュアルを読むのに時間がかかる、話を聞きながらメモが取れないなど業務に支障をきたすなど、困りごとに直面する場合も多くなるでしょう。

限局性学習症(SLD)の特徴

SLDにおいて困難が生じる学習分野は「読み」「書き」「算数」の3つに大別され、それぞれ名称や特徴が異なります。ただし一般的には、「読み障害」だけ見られるということはほとんどなく、「読み」の障害がある場合は「書き」にも困難さがある状態がほとんどです。
ここでは3つのSLDの特徴である、「ディスレクシア」「ディスグラフィア」「ディスカリキュリア」について解説します。

ディスレクシア(読字不全/読字障害)

ディスレクシア(dyslexia)は、字を読むことが困難な状態を指し、読字障害や難読症などと呼ばれることもあります。文章をすらすら読めない、正確な読み方がわからない、読めても内容を理解できないといった困難さがあります。

SLDの中でも特によく見られる特徴であり、欧米では約10~20%の人がディスレクシアに該当するといわれています。

ディスレクシアの特徴的な症状は以下のとおりです。

  • 文字を一字ずつ拾って読む(逐次読み)
  • 変なところで区切ってしまう
  • 読み飛ばしや文末を変えて読むなど、不正確な読み方をすることが多い
  • 本などで文章を読むとすぐに疲弊する(易疲労性)

ディスグラフィア(書字表出不全/書字表出障害)

ディスグラフィア(dysgraphia)は文字を書くことが困難な状態です。ディスグラフィアはディスレクシアが影響していることも多く、文字を読むこと自体難しい、読めるのに書けないといったパターンがあり、症状の出方は人それぞれです。

ディスグラフィアの特徴的な症状は以下のとおりです。

  • 鏡文字などの不正確な文字を書く
  • 「ぬ」と「ね」など似ている文字を間違えて書きやすい
  • 「っ」「ゃ」「ょ」などの小さな文字を間違えることが多い
  • 「お」と「を」など似た発音の文字を間違えやすい

ディスカリキュリア(算数不全/算数障害)

ディスカリキュリア(dyscalculia)は算数障害などとも呼ばれ、数の感覚や計算など算数・数学の学習に困難がある状態を指します。ディスカリキュリアの方は一般的に、数の概念や数式の規則性などを理解するのが難しく、文章問題などの推論も苦手としています。

ディスカリキュリアの特徴的な症状は以下のとおりです。

  • 簡単な数字や計算式で使う記号を理解できない
  • 繰り上げや繰り下げ、数の大小などがわからない
  • 筆算をすると桁がそろわない
  • 文章問題や図形、グラフなどが苦手

読み書きに影響する限局性学習症(SLD)以外の関連障害

読み書きに影響するSLD以外の障害には「ASD(自閉スペクトラム症)」「ADHD(注意欠如多動症)」「視覚系の機能障害」「DCD 発達性協調運動症」などがあります。

  • DCD 発達性協調運動症:認識と運動を協調させるのが難しく、細かい運動が苦手なことから、筆記の困難の原因となります。
  • ASD(自閉スペクトラム症):文章の概念を理解したり、書く内容を構想したりする部分で困難が生じ、読み書きに影響が出る場合があるでしょう。また、ASDの方はDCDを併存している場合が多いため、その場合は書字の困難も伴います。
  • ADHD(注意欠如多動症):誤字脱字に気づかないなど不注意によるミスはありますが、必ずしも読み書きに影響が出るわけではありません。ただし、ADHDとSLDの併存は多いといわれており、どちらがどの程度影響しているのかの判断は難しい点に注意が必要です。
  • 視覚系の機能障害:視覚系の機能障害は眼に問題がある「視機能」、脳の認識の部分に問題がある「視覚認知機能」に分けられます。文字を認識したり、筆記したりする点で困難を覚えるため、読み書きには影響が出やすいです。

限局性学習症(SLD)の診断基準

DSM-5(最新版はDSM-5-TR)では、以下に挙げる3つの条件を診断基準としています。

  1. 次の症状のうち少なくとも1つが存在し、6ヶ月以上継続している
  • 読むことが不的確または遅い
  • 文章を読めても意味を理解するのが難しい
  • 字の綴りを間違える
  • 文法や句読点の間違い、段落をうまくまとめられない
  • 数値や計算を習得するのが難しい
  • 数学的な推論ができない
  1. 学業的な技能が年齢相応ではなく、学業や職遂行に差しさわりがある
  2. 知的能力障害や視力・聴力、他の精神疾患などでは学習が困難な理由を説明できない

限局性学習症(SLD)のアセスメントと検査・診断方法

SLDの診断は精神科や心療内科などの医療機関で行っています。上記の診断基準や問診の内容を参考にしたり、アセスメントとして読字と書字の正確さを測る検査の「RaWF(ローフ)」や、読み書きの困難を自己評価する尺度であり、SLDの方が成人期に体験しやすいことを項目化した「RaWSN(ロースン)」といった読み書き検査をしたりする方法もあります。

SLDの診断はまず最初に、「WAIS-Ⅳ」などの成人用のウェクスラー式知能検査等を用いた知能検査が行われるのが一般的です。検査により知能指数が知的障害レベルではないことが確認されたら、ひらがな音読検査など必要な検査を行い診断を進めていきます。

ただし使える検査が限られていることもあり、大人になってからSLDの診断をするのは難しいケースが多いです。医療機関で診断を受けられないわけではありませんが、SLDに詳しい医師・医療機関はごく限られているのが現状となっています。

【特徴別】限局性学習症(SLD)の困りごとと対策方法

SLDの方が直面する困難は、「ディスレクシア」「ディスグラフィア」「ディスカリキュリア」など、特徴ごとにそれぞれに異なります。大人のSLDで仕事や日常生活に困りごとを抱えている方は、対策方法を知って生きづらさを軽減させるのがおすすめです。

ここからは、限局性学習症(SLD)の困りごととその対策方法について、特徴別に紹介します。

ディスレクシアの場合

文章を読むのが遅い、読んでも頭に入ってこないといった困りごとがある場合、文字を読まなくても済む方法を取り入れましょう。

例えば、本を読む場合は電子書籍の読み上げ機能やオーディオブックなどです。紙の本については、ブックスキャナーで電子書籍化すれば読み上げ機能が使えるようになります。

視機能の影響で読みづらさがある場合は、リーディングルーラーを活用するとよいでしょう。色の付いたシートを本に当てることで、今読んでいる箇所がわかりやすくなります。

長い文章を読むときに集中力が続かない場合や、ADHDが併存している場合などは、ノイズを出すことで集中力を高めるホワイトノイズマシーンの活用もおすすめです。iPhoneならアクセシビリティ機能の「バックグラウンドサウンド」でも、ノイズや自然の音が出せるので試してみてください。

ディスグラフィアの場合

書くのが遅い、メモをとれないといった困りごとがある場合は、タイピングや校正機能、音声入力機能、録音、カメラの機能などを活用するとよいでしょう。手書きが求められる職場でも、合理的配慮によってこうしたツールを使うことが許可されれば、働きやすさが今よりも向上するはずです。

文章のアイデアが思いつかない方は、コンセプトマップやマインドマップなど、キーワードごとの関係性を図式化する方法を試してみてください。アイデアを視覚的に示すことで、文章に書く内容を思いつきやすくなるでしょう。

ディスカリキュリアの場合

SLDの方の中には、単純な数字の入力などはできるものの、計算することは苦手という方がいます。予算の見積もり計算ができない、発注書に苦手意識がある場合などもあるでしょう。

また、公式に当てはめられるようなものであれば問題はないが、自分で数式を考えて数字を操作する、ということが苦手な場合があります(例えば、数式が何を意味しているのかは分からないけれども操作的に計算はできる、という場合です)。

対処法としては、特に新しく数式などを考える必要がある場合、「やり方を他の人に聞く」あるいは「数式が合っているかを確認する」ようにしましょう。一度やり方を教わったら、次回から機械的に計算できるように自分なりのマニュアルを作っておくのも有効です。

エクセルなどの表計算ソフトを扱うなら、関数を有効活用して自動的に計算できるようにしておくのもおすすめです。AI技術の進歩なども考慮に入れながら、テクノロジーに頼ることで困りごとを克服していくとよいでしょう。

大人の限局性学習症(SLD)の方への支援

大人のSLDの特性の影響でなかなか就職できずに悩んでいる方は、就労移行支援などの支援サービスの利用がおすすめです。

Kaienの就労移行支援は発達障害に特化した支援を実施しており、過去10年間で約2,000人の就職者を輩出しています。充実したカリキュラムや豊富な独自求人、就職後の手厚い定着サポートを利用し、一般企業への就職を実現するとよいでしょう。

また、自分の障害特性を見つめ直したいと考えている方は、Kaienの自立訓練(生活訓練)をご活用ください。ソーシャルスキルを習得し、将来を再設計するための講座や、実践プロジェクトを実施しています。まずは障害特性への理解を深め、新生活への第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

大人の限局性学習症(SLD)は特徴に合わせた対処法で対策を

SLDは、「読む」「書く」「計算する」などが難しい特性があるため、仕事や日常生活のさまざまな場面で困難が生じます。それぞれの特徴に合わせた対処法を取り入れ、職場に合理的配慮を求めることも有効な対処法です。転職や再就職を考えている方は、自分一人で悩まずに就労移行支援や自立訓練(生活訓練)など、専門の支援機関のサポートを活用しましょう。

Kaienでは、随時無料で見学会や体験利用を実施しております。興味のある方はぜひお気軽にご相談ください。

*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます。

監修者コメント

限局性学習症(LD)は、ASDやADHDと並んで三大発達障害として紹介されるのですが、一方で余り関心を払われてきませんでした。LDと診断されることはめったに無いのです。薬が効くわけでもない、ということが十分に啓発されてこなかった理由の1つでもあると感じます。製薬会社が動きませんからね。しかし、日常生活、学校/社会生活に、LD特性は本当に深刻に作用します。ある理系学生さんは、書字障害のため、手書きレポートばかり要求される1年生の単位が全く取れていませんでした。高校までも、手書きの課題ができないために大変苦労したようです。PCでのアウトプットが認められてさえいれば、実力を発揮でき、正当に能力が評価されていたはずです。別な会社員の女性は算数障害があるために、本当は進学したかった大学院に進学できなかった過去がありました。彼女の専門から考えると数学は必要無いのに、進学後の履修科目に数学がある以上進学は無理だと考えたのです。その後会社でも計算を要求される業務が回ってきたため、それを回避するために上司に理解を求めましたが大変苦労しました。このように、LDがあると、本来は非常に高い能力を持っているのに、知的能力や努力の不足とみなされてしまい、能力発揮を阻まれてしまう状況が生まれる状況は今後改善されていくべきです。教育界を始めとして社会の理解が深まり、LDのある方に対する合理的な配慮が学校時代からしっかりとされていくことは切実に求められていると感じています。

監修 : 松澤 大輔 (医師)

2000年千葉大学医学部卒業。2015年より新津田沼メンタルクリニックにて発達特性外来設立。
2018年より発達障害の方へのカウンセリング、地域支援者と医療者をつなぐ役割を担う目的にて株式会社ライデック設立。
2023年より千葉大子どものこころの発達教育研究センター客員教授。
現在主に発達障害の診断と治療、地域連携に力を入れている。
精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、医学博士。


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