発達障害*の原因は長い間、子育ての責任にされてきました。しかし近年の研究によってそうした誤解が解けた上に、”遺伝”と”環境”という二つの要素が複雑に関係しているものだということがわかってきています。特に自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群などの研究がADHDやLDに先行しているのが特徴です。この記事では最新の研究成果から発達障害の原因についてわかっている事、わかっていない事をまとめます。
はじめに
最新の研究成果と言っても、一つ一つが絶対に正しいことが証明されているわけではありません。多くの場合は数百人に対する調査を基に確からしいとして導き出された説です。つまり個々の研究成果を鵜呑みにするのではなく、全体の方向性を理解するという姿勢が必要になります。では全体の方向性としては何がわかったのか?わかっていないのか?簡単にまとめてから個々の研究成果をご紹介します。
わかっている事
- 遺伝子が主な要因だということ
- 次いで(妊娠中、また生後7ヶ月~3歳までの)環境も影響する可能性があること
- 遺伝要因と環境要因が組み合わさっていること
- ワクチンや子育てが原因ではないこと
わかっていない事
- どの遺伝子がどのように関連して症状を引き出すのかということ
- 親からの遺伝がどの程度かということ
- 遺伝しないで発症する確率(その人の遺伝子の突然変異)がどのくらいかということ
- 環境要因が何なのかはまだわからないことが圧倒的に多いこと
ポジティブな要素も 引き継がれている遺伝子
いずれにせよ、遺伝の要素が大きいのは確かです。ネガティブにとらえる方もいるかもしれませんが、発達障害で言われる特性はポジティブな要素も含む特性でもあります。例えば、アスペルガー症候群の典型的な特徴である「こだわり」というのは、職人のこだわりなどとプラスの文脈で使われることがもともとの意味であることからも分かるように、高品質につながる特徴です。他にも、ADHD(注意欠如多動症)の衝動性・突発性はうまく制御できれば行動力や突破力になりますし、同じくADHDの脳内が多動で混乱していることが多い”とっちらかった”部分も制御できれば発想力につながります。今後も遺伝子の研究や人工知能の研究によって様々に解明されることを期待するとともに、それらの研究が発達障害への支援のアプローチに好影響を与える事が期待されます。
インデックス
- 自閉スペクトラム症研究 最新情報
- 兄弟の発症確率 当初予想の2倍という研究結果
- 「兄弟の場合は10倍」 自閉スペクトラム症の発症率推計
- ADHDとアスペルガー症候群の遺伝子の共通性
- アスペルガー・自閉スペクトラム症 環境要因の果たす役割
- 自閉症関連遺伝子 高知能と知的障害の両極を生む
- 自閉スペクトラム症の要因 何百もの遺伝子突然変異がランダムに発生か
1. 自閉スペクトラム症研究 最新情報
2013年の時点の研究まで紹介した「自閉症ー分かっていること(と、まだ分かっていないこと)」という動画が公開されています。特定の研究ではなく、確からしい研究結果をまとめた発表で、米国のSimons Foundationの研究者であるウェンディ・チャンが伝えています。以下が要約です。
遺伝子が主な要因
例えば自閉スペクトラム症の兄弟がいる場合もう一人も自閉スペクトラム症である確率は一卵性双生児の時は70%台、二卵性は30%台、通常の兄弟は20%以下であるとのことです。ただし遺伝子が同一であるはずの一卵性双生児の場合でも100%という結果ではないため、遺伝子以外の要素が絡んでいることは明確ともいえます。また、自閉スペクトラム症に関与が特定できている遺伝子で説明できる診断は全体の25%に過ぎず、75%は原因が未解明(他の遺伝子や環境要因などが関係している)ということになります。
数百の遺伝子が関連している
一つの非常に強い遺伝子の変異(たった一つの文字の変異)で自閉スペクトラム症の症状が出ることもあるものの、多くの場合は複数の遺伝子が絡み、その数は200とも400ともいわれはっきりとわからないということです。
親から受け継がれるだけでなく、突然変異はどの代からも起こる可能性がある
発達障害に関係する遺伝子変異を親から引き継ぐ可能性はあるものの、突然ある人から始まることもあり、その部分もまだ十分には解明されていないということです。
遺伝子以外の環境要因も
遺伝子以外は環境要因が大きく影響していることがわかってきました。例を挙げると父親の年齢の高さです。つまり受胎時の父親の年齢が高いと自閉スペクトラム症の可能性が高まるという研究があります。また、母親の妊娠中の状態もアスペルガー症候群・自閉スペクトラム症に影響する可能性があります。例えば胎児の脳が発達する期間に特定の物質(例:抗てんかん薬などに含まれるバルプロ酸)が自閉スペクトラム症の確率を増すことも分かっているとのことです。さらに特定の感染性も関与している可能性があるということです。
2. 兄弟の発症確率 当初予想の2倍という研究結果
Parents with autistic first child face one in five risk of sibling developing disorder(米・カリフォルニア大デービス校)
米国などで兄姉が自閉スペクトラム症である664の事例について、弟妹がどの程度自閉スペクトラム症の診断を受けるレベルにあるかが調査されました。結果、19%の確率で弟妹が自閉スペクトラム症の診断レベルにあることがわかりました。それまでの各種研究では弟妹も診断レベルになる確率は3~10%だったとのことで、それよりも高い研究結果が出たことになります。
なお、およそ15%のケースは、特定の遺伝子変異によって引き起こされている疑いがあることも研究で指摘されています。もしその遺伝子の変異が、(一人)の子どもとその両親(のどちらか)に認められる場合、次の子どもが発達障害である可能性は高くなるものの、もしその遺伝子の変異が両親に見られない場合、次の子どもが発達障害である可能性は通常と同じになるとのことです。
ただし、冷静に数字を見ますと85%の原因は判然としないわけですし、両親とも(今回研究の対象になった)特定の遺伝子が認められたとしても子どもが発達障害でない可能性は高く、あるいは両親とも特定の遺伝子が無かったとしても子どもが発達障害である可能性は依然としてあることになります。
3. 「兄弟の場合は10倍」 自閉スペクトラム症の発症率推計
The Familial Risk of Autism(スウェーデン)
過去最大の200万人もの調査からだされた推計です。家族の中で自閉スペクトラム症の人がいる場合、通常(発達障害の人がいない場合)に比べて発症する確率がどの程度高いかという研究です。箇条書きでご紹介します。
遺伝要因
- 一卵性双生児 153倍 (統計的に確からしい幅は、56.7から412.8倍 以下同じ)
- 二卵性双生児 8.2倍 (3.7-18.1倍)
- 兄弟 10.3倍 (9.4-11.3倍)
- 母親が一緒の兄弟 3.3倍 (2.6-4.2倍)
- 父親が一緒の兄弟 2.9倍 (2.2-3.7倍)
- いとこ 2.0倍 (1.8-2.2倍)
このように見ると遺伝要因の大きさに圧倒されますが、実は今回の研究では環境要因にも注目されています。実は遺伝要因と環境要因は同じだけ影響していて、どちらかが影響するのではなく、どちらも影響しているということもわかりました。なお環境要因として、研究では以下が挙げられています。
環境要因
- 親の年齢
- 出産時の合併症
- 妊娠時の食事
- 脳発達の初期段階での公害・汚染からの影響
2000年代は遺伝要因がほぼ100%と思われていた時代もありました。きょうだいの場合、通常の10倍の発症率というのは高く思えるかもしれませんし、たしかに遺伝要素が強いことも結果として示されていますが、同時にこの研究では大規模な調査の中で環境要因の大きさを主張していることが注目に値します。
4. ADHDとアスペルガー症候群の遺伝子の共通性
カナダで遺伝子の研究が行われ、発達障害のうちのADHD(注意欠如多動症)とASD(自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群)の相違点が調べられました。ADHDやASDのそれぞれに固有と思われていた変異遺伝子がひょっとしたら共通して同一のものも多いのではというようなアプローチで研究は進められています。
研究の結論としては、ADHDとASDは共通した遺伝子変異を持つものの、それらは多数ではなく、大部分は遺伝子リスクを共有していないということでした。ただし、ADHDの遺伝的な要因はまだまだ解明途中ですし、ASD(自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群)についても遺伝要因の細かい部分についてはまだまだ見解が分かれています。
5. アスペルガー・自閉スペクトラム症 環境要因の果たす役割
Balance Tips toward Environment as Heritability Ebbs in Autism?(米・スタンフォード大)
双子に対する研究が米国で行われました。これまでの双子研究で、自閉スペクトラム症の原因の90%ほどを説明するとされていた遺伝要因が、それほど高くない(40%を切る程度)ことが分かり、環境要因、特に出生前の環境要因がこれまで以上に大きそう(半分以上を説明)、という研究結果です。
なお環境要因は妊娠初期のものとされている以外は細かくは記載されていません。今のところ遺伝要因で説明できない部分が半分以上あると考えたほうがよさそうです。
6. 自閉症関連遺伝子 高知能と知的障害の両極を生む
英・エジンバラ大学の研究は発達障害とのかかわりがあるとみられる遺伝子が知的水準に与える影響に注目した研究です。具体的には、同じ自閉スペクトラム症の遺伝子を持ちながら、一方は自閉スペクトラム症を発症している人、もう一方は症状がみられない人、という2グループについて調査を行っています。
診断・症状があるタイプは、知的には「普通」か「低い」傾向があり、もう一方の、つまり遺伝子を持ちながら発症していないタイプは、「高い」傾向があるというデータが出たとのことです。数的処理能力や問題解決力の豊かさ、空間的な論理思考などに表れているとのことです。記事によるとこうした本格的な研究は世界で初めてのようです。
7. 自閉スペクトラム症の要因 何百もの遺伝子突然変異がランダムに発生か
Autism linked to hundreds of genetic mutations(米・イェール大学)
欧米でほぼ同時期に行われた3つの研究でほぼ同じ結論に達したことが報道されました。そのうち一つをご紹介します。
自閉スペクトラム症の要因は、一つ二つの遺伝子の突然変異で起こるものではなく、何百もの突然変異がランダムに起こっているという研究結果です。ただし今回の研究で説明できる自閉スペクトラム症はまだ一握りであり、他の大部分の発生要因は謎が多いとのことです。なお、突然変異が小規模であっても男性の場合は自閉スペクトラム症の症状が現れやすいものの、女性のほうは変異が大規模であっても症状が確認されないケースがあり、女性のほうが”耐性”があると伝えています。またウイリアムズ症候群にも関係している遺伝子の変異が自閉スペクトラム症にも関係しているケースがあるとも報告されています。
*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます
監修者コメント
発達障害と遺伝については様々なことが言われます。私も実は遺伝子研究者の端くれだった時期がありまして、統合失調症の遺伝子研究で博士号を得ました。しかし、結局どういった遺伝子がどのように関係すると疾患の発症や症状発現に至るのかはさっぱりわからないと言ってよい状態が続いています。その点は発達障害でも同様です。確かに近年の劇的な遺伝子解析の進歩によって、遺伝子変異の程度がスコアで示されたり、疾患同士の遺伝子の類似性がどうだとか言われるんですが、果たして目の前の患者さんに意味を持ち得ているのかと言うと、依然として殆どない、という気がいたします。確かなのは、例えば顔や背丈が両親に似るように、一定の遺伝、即ち「性質が受け継がれること」は、発達障害でも確かにあり、特にADHDではその程度が強く、そしてその程度のことです。遺伝は明らかに関係していますが、発達障害の特性の強いもの同士の子どもだとしても、同じ特性が子どもに出てくるとも限らない。発達障害と遺伝に関しては、今後も続くであろう各研究結果の成果を冷静に評価したいものです。1点、本文にありますが、環境面の影響として、ワクチンや特定の化学物質、育児によるせいではない、ということが明らかなのは強調したいところです。
監修 : 松澤 大輔 (医師)
2000年千葉大学医学部卒業。2015年より新津田沼メンタルクリニックにて発達特性外来設立。
2018年より発達障害の方へのカウンセリング、地域支援者と医療者をつなぐ役割を担う目的にて株式会社ライデック設立。
2023年より千葉大子どものこころの発達教育研究センター客員教授。
現在主に発達障害の診断と治療、地域連携に力を入れている。
精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、医学博士。
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