本人の意識と関係なく咳払いやまばたきをくり返してしまうチック症の多くは、小児期から青年期にかけて発現する一時的な症状ですが、中には大人になってからも症状が続いたり、悪化したりする場合もあります。また、チック症の原因はまだはっきりと解明されていませんが、脳機能の障害が関与していると考えられており、日本では神経発達症(発達障害*)に分類されています。
この記事ではチック症の主な症状と対処法、トゥレット症との違いや活用できる支援機関について解説します。
大人のチック症とは
チック症とは、多くの場合は自分の意志とは関係なく体の一部分がいきなり動いたり、無意識に声やせき払いが出たりすることを繰り返してしまう状態です。小児期(4歳位から)に発症することが多いですが、一般的にチック症は一過性であり、大人になるにつれて自然に治まると言われています。
ただし、大人になってからもチック症の症状に悩む方がいるのも事実です。大人のチック症には、子ども時代に発症した症状が軽くはなっているものの継続しているケースや、一度は治まっていた症状が再発するケースがあります。
チック症の主な症状
チック症の主な症状は、大きく分けると次の2つです。
- 音声チック
- 運動チック
また、音声チックと運動チックは、症状が続く長さなどによって、さらに単純チックと複雑チックに分類されます。単純チックは突然の発声・動作など持続時間が短く無意味なもの、複雑チックはややゆっくりとした発声や発語・動作など持続時間が長めで意味があるように見えるものを指します。それぞれの症状について以下で詳しく見ていきましょう。
音声チック
音声チックは、無意識に単純な音声や言葉をくり返し発してしまうのが特徴です。単純音声チックには主に次の症状が見られます。
- せき払い
- 「アッ」「エッ」「ンッ」などの声を出す
- うなる
- 鼻をすする、鳴らす
- 鼻歌のような声を出す
一方、複雑音声チックに見られる主な症状は次の通りです。
- 状況にふさわしくない声を出す
- 不適切な言葉や不謹慎な言葉、暴言などを発する(汚言症・コプロラリア)
- 人の言葉を繰り返す(反響言語・エコラリア)
- 特定の単語を繰り返す(反復言語)
運動チック
運動チックとは、自分の意志とは無関係に顔や手足など体の一部をくり返し動かしてしまう状態です。単純運動チックには主に次の症状が見られます。
- まばたきする
- 顔をしかめる
- 首を振る
- 肩をすくめる
- 口を曲げる
- 鼻を動かす
- 手足を伸ばす
それに対し、複雑運動チックに見られる主な症状は次の通りです。
- 白目をむくなど表情を変える
- 床や地面を激しく踏み鳴らす
- 自分の体をたたく
- 飛び跳ねる
- 他人を触る
- 匂いをかぐ
- 他人の運動を真似る(同響動作)
- 不適切な動作をする(汚行症・コプロプラキシア)
チック症の原因
チック症は以前は保護者の育て方や本人の性格、心の問題などが原因だと言われていました。しかし現在では、脳内の神経伝達物質の働きのかたよりや神経回路の異常などによって、運動を制御する脳機能がうまく働かないことがチック症の原因とする考え方が一般的です。
また、チック症はさまざまな要因によって悪化するとされています。主なチックトリガー(要因)は生活環境やストレス、心理的要因、その他の疾患などです。
チック症の併存症
チック症の方には他の併存症もあることが多いと言われています。主な併存症は次の通りです。
- 発達障害(自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、限局性学習症/学習障害(SLD/LD)など)
- 強迫症(強迫性障害)
- 睡眠障害
- うつ病
- 怒り発作
- 不安症
- パニック症(パニック障害)
中でも、強迫症やADHD、SLD/LDの併発率が高いと言われています。
チック症が1年以上続くとトゥレット症に
さまざまな音声チックと運動チックの症状が出ており、音声チックと運動チックの両方が慢性化して1年以上続いている状態をトゥレット症と言います。チック症からトゥレット症に至る流れは次の通りです。
- 暫定的(一過性)チック症:チックの発症から1年未満
- 持続性(慢性)運動チック症:運動チックのみを発症しており、かつ、運動チックが1年以上持続
- 持続性(慢性)音声チック症:音声チックのみを発症しており、かつ、音声チックが1年以上持続
- トゥレット症:運動チックと音声チックの両方を発症しており、かつ、1年以上持続(チックが出ていない時期も含む)
なお、トゥレット症は以前までトゥレット症候群と呼ばれていましたが、発達障害の診断基準として参照されるDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版)の改訂によりトゥレット症に変更されました。
大人のチック症はどこで治療できる?
大人のチック症は、心療内科や精神科で診察を受けることができます。主な治療法は次の通りです。
- 心理教育
- 環境調整
- 薬物療法
- 認知行動療法
心理教育とは、チック症の本人や周囲の人がチック症について知り、上手な付き合い方を理解するための教育です。薬物療法では、併発症を含めて効果が期待できる治療薬を使用します。例えば、ドーパミンの働きを抑制する抗精神薬などです。
認知行動療法は、行動の調整と認知の修正によってストレスを減らす精神療法です。認知行動療法にはさまざまな種類がありますが、例えばハビット・リバーサル(習慣逆転法/CBIT)では、チック症の動作と同時にできないことを実行して症状を抑えます。また、暴露反応妨害法(ERP)は、チック症の動作をしなくても不安の鎮静ができることを体験することで症状の軽減を図る療法です。
大人のチック症の困りごと
大人のチック症の場合、社会生活において困ることが多いのではないでしょうか。例えば、バスや電車など不特定多数の人が乗り合わせる公共交通機関の利用中にせき払いや「アッ」などの声が頻繁に出てしまう場合は、周りの人の視線が気になってしまうかもしれません。
また、会議中など皆が静かにじっと座っている場において不適切な発言などを繰り返せば、仕事に対する姿勢を疑われたり、𠮟責されたりしてしまうでしょう。あるいは、仕事中に頻繁に首を振ったり体を揺らしたりすると、周りの人が仕事に集中しにくくなる場合もあります。
このように、チック症について周りの理解がないと誤解を招きやすく、社会人として良好な人間関係を築くのが難しくなるかもしれません。かと言って、チック症の症状が出ないように我慢しようとすればストレスがたまり、そのせいで仕事に支障をきたす可能性もあるため、次で述べるような正しい対処法をとるようにしましょう。
大人のチック症の対処法
大人のチック症に関する主な対処法としては、次のようなものが挙げられます。
- 職場などに相談して理解と配慮を求める
- 落ち着ける時間や環境を確保する
- 支援機関を活用する
それぞれの対処法について、以下で詳しく見ていきましょう。
職場などに相談して理解と配慮を求める
チック症について知識のない人も多いため、まずは職場の上司などに相談し、チック症について理解してもらうことから始めてみましょう。また、一緒に働く同僚に対しても、本人の意志と無関係に声や言葉、動作が出てしまうことや、どのような症状が出るのかなどについて事前に説明しておくことが大切です。そうすれば、職場でチック症の症状が出てしまう場合でも理解してもらいやすく、必要な配慮や支援もお願いしやすくなるでしょう。
落ち着ける時間や環境を確保する
仕事中はさまざまなストレスや不安にさらされることもあるかもしれません。そのような精神的に余裕のない状態が、チック症の症状を悪化させる可能性もあります。症状が進行して苦痛を感じる場合は、1人になって落ち着ける時間や環境を社内や職場の近くなど、仕事中に行ける範囲であらかじめ確保しておくようにしましょう。仕事中にうまく一息つくことによって、チック症の症状を緩和できる場合があります。
支援機関を活用する
1人でチック症の悩みやトラブルに対処するのが難しい場合は、支援機関を活用するのもおすすめです。チック症の方が利用できる支援機関としては、次のようなものがあります。
- トゥレット当事者会など同じ悩みを持つ人の集まる場所
- 地域障害者職業センター
- 障害者就業・生活支援センター
- 発達障害者支援センター
- 就労移行支援事業所
特に、仕事に関する困りごとがある場合は、就労支援を行っている支援機関を活用すると特性への対策を立てたり、自分に合う職場への転職・再就職をしたりするのに役立ちます。
次に、Kaienが行っている就労支援について詳しく紹介します。
大人のチック症の方の就労支援
Kaienは一般企業への就職を目指す発達障害の方に特化した就労移行支援を実施しており、チック症と発達障害が併存している方にも役立ちます。Kaienの職業訓練では、経理や人事、データ分析などのオフィスワークや軽作業など手と体を動かす仕事、伝統工芸といったもの作りの仕事など、100職種以上の実践的なカリキュラムの受講が可能です。また、プログラミングやデザインのスキルを習得したい方は専門コース(クリエイティブコース)も利用できます。
加えて、特性を理解して対策を立てるために役立つライフスキル講座やスキルアップ講座、就活講座なども50講座以上実施しています。さらに、発達障害に理解のある企業200社以上との連携による独自求人の紹介や担当カウンセラーによる手厚い就活サポートもKaienの強みです。
大人のチック症は症状や環境に合わせた対応を
大人のチック症には意志と無関係に出てしまう声や動作といったさまざまな症状があり、社会生活に支障をきたす場合があります。チック症の症状は環境やストレスなどによって悪化する場合もありますが、自分の症状や環境に合わせた治療や対処法を行ったり、支援機関を活用したりすれば、困りごとを緩和することは可能です。
また、自分の特性に合う環境を求めて転職するという方法もあります。自身の症状や特性を理解し、チック症と上手に付き合っていくようにしましょう。
*1 発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます
監修者コメント
チック症は男の子に多く見られるもので、小学校高学年で症状のピークを迎えますが、大半はその後自然に改善します。しかし、経過の中で成人になっても継続する方がいらっしゃいます。仕事などの心理的なストレスが重なって、症状が続いたり悪化したりする場合もあります。
このため、チック症の治療では心理的ストレスを低減することが肝心ですが、十分な改善が見られない場合は保険適用外ではあるものの、患者さんから同意を得て抗精神病薬を用いることがあります。また、チックが出そうな時に敢えて反対の行動を取る(右手がぐっと上がりそうなときに全身の力を抜く)というハビットリバーサルが有効な場合もあります(国立精神・神経医療研究センターHPより*1)。
トゥレット症候群は、医療関係者でないとご存知ない用語かもしれません。しかし、アメリカのインディーズ映画 ”(500) Days of Summer” で主人公の女の子(サマー)がロサンゼルスの公園でのデートでわざと卑猥な言葉を叫んで、ボーイフレンドの男の子(トム)が周りに「すみません!彼女はトゥレットなんです」と言っていたので*2、アメリカでは知名度があるかもしれません。何も医学的な解説になっていませんが、トリビアとしてお伝えしました。
*1https://www.ncnp.go.jp/hospital/patient/disease16.html
2*https://jp.pinterest.com/pin/500-days-of-summer-movie-poster–858709853941631510/
監修:中川 潤(医師)
東京医科歯科大学医学部卒。同大学院修了。博士(医学)。
東京・杉並区に「こころテラス・公園前クリニック」を開設し、中学生から成人まで診療している。
発達障害(ASD、ADHD)の診断・治療・支援に力を入れ、外国出身者の発達障害の診療にも英語で対応している。
社会システムにより精神障害の概念が変わることに興味を持ち、社会学・経済学・宗教史を研究し、診療に実践している。
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