境界知能は、平均的なIQレベルを下回るものの、知的障害の診断が出ていない状態を指す言葉です。ただ、日常生活や就労の場で困難を感じやすい傾向があるものの、医学的な診断名がないために必要な支援を受けられないケースも見られます。
本記事では、境界知能の定義から診断基準、軽度知的障害や発達障害*グレーゾーンとの違い、悩んだときの相談先などについて解説します。近年関心を集める境界知能について正しく理解し、必要な支援や配慮について相談するために、ぜひお役立てください。
境界知能とは
境界知能とは、一般的におおむねIQ70〜84の人で、知的障害の診断が出ていない場合に用いられる言葉です。知的障害者として認められるのは通常IQ70未満であり、境界知能はそのレベルよりは高いものの、平均的なIQレベルは下回る層を指します。
境界知能があると、日常生活や就労現場でさまざまな困難を感じやすい傾向があります。しかし、境界知能という正式な診断名はなく、公的支援の対象外であるため、必要な支援や配慮を受けることが難しいケースも少なくありません。
知能指数はどうやって測る?
そもそも知的指数(IQ)とは、知能水準あるいは発達の程度を測定した検査数値の1つです。知能検査などの検査で示される指標であり、IQレベルは「生活年齢(何歳相当の発達か) ÷ 暦年齢 × 100」で計算されます。
知能検査は、個人の理解や知識、課題解決などの認知能力を測定するための心理検査です。IQの数値は、知能検査の基本的な指標とされることが多いですが、他にも知能検査の1種である「WAIS(ウェイス)」の第4版「WAIS-Ⅳ」もよく用いられます。
WAIS-Ⅳでは、「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリー」「処理速度」という主な4つの指標と、それらを合わせた総合的な指標(全検査IQ)を通して、個人の全般的なIQや能力のばらつきを評価します。
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境界知能の診断
IQを指標とした知的障害の診断は、以下の通りです。
- IQ70〜84:境界知能
- IQ50〜70:軽度知的障害
- IQ35〜50:中等度知的障害
- IQ35以下:重度知的障害
上記に加えて、おおよそIQ20以下を最重度知的障害とする分類もあります。
IQは、おおまかな知能の判断基準に加え、知的障害などの診断や支援にも利用されますが、「IQが高いから困りごとが少ない」などとは一概に言えません。
境界知能であっても困難が少ないこともあれば、正常域以上でも困難が目立つケースもあります。そのため、単にIQの数値から診断するのではなく、本人が抱える悩みや困りごとの程度などを総合的に踏まえた上で、フレキシブルに判断することが求められます。
境界知能と軽度知的障害・グレーゾーンの違い
境界知能と同じような場面で使われる言葉に「軽度知的障害」があります。また、発達障害の「グレーゾーン」も境界知能と混同されやすい場合もあるでしょう。ここでは、それぞれの違いについて解説します。
軽度知的障害との違い
知的障害は、実用的な場面における知的機能と適応機能の両面での欠陥を含む障害のことです。厚生労働省やアメリカ精神医学会の定義では、知的障害は「軽度」「中度」「重度」「最重度」の4グループに分けられます。軽度知的障害は4つのうち、症状や程度が最も軽いグループを指します。
軽度知的障害と境界知能は、IQの基準が異なります。前述の通り、境界知能はIQ70〜84に該当するのに対し、軽度知的障害はIQ51〜70相当という位置付けです。
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グレーゾーンとの違い
グレーゾーンとは、発達障害の特性や症状があるものの、度合いが薄いために診断基準をすべて満たしていないケースを指します。また、医師によって診断が変わるために、確定診断が出ていない場合もグレーゾーンとして捉えられる場合があります。
グレーゾーンは、境界知能と同様に正式な診断名ではありません。ただし、「ASD(自閉スペクトラム症)」「ADHD(注意欠如多動症)」「LD(学習障害*²)」という3つの障害の診断基準を一部満たしている場合や、すべては満たしていないケースを指します。一方で、境界知能はIQなどの知能検査の指標をベースに診断されるものです。
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境界知能と発達障害が合併する場合もある
精神科医の臨床経験に基づくデータによれば、境界知能の割合は、一般的なIQレベルの層よりも発達障害者の割合が多い傾向にあることがわかっています。境界知能と発達障害が合併しているケースでは、自己肯定感が低い、劣等感を持っているといった特性が見られる場合もあります。
また、顕在化しにくい発達障害の場合、就労などで困難に直面するケースも少なくありません。そのため、発達障害への支援に加えて、さらに一歩踏み込んだ支援が必要になります。
境界知能の人の特徴と困りごと
ここでは、境界知能のある人がどういった場面や状況で困りごとを抱えやすいのか、学習・コミュニケーション・社会生活の3つの項目に分けて解説します。
学習面での困りごと
境界知能にある人は、物事の理解に時間がかかりやすい傾向にあります。具体的には、漢字の読み書きや計算など数的な処理に苦手を感じる、物事の理解が表面的になりやすいために正確な意味を捉えにくい、といったものです。
そのため、就労の場面では、業務内容を覚えるのに時間がかかる可能性があります。また、口頭指示を理解することが難しい、複数の人から指示を受けると混乱して手が止まってしまう、漢字が多いマニュアルは意味を理解しづらい、といった傾向が見られる場合もあります。
コミュニケーション面での困りごと
境界知能にある人は、コミュニケーションにおいても困難を感じやすい傾向があります。例えば、相手の言葉の意味を掴むことが難しく会話についていけない、自分が伝えたいことをうまく表現できない、などの大変さから、人とのやり取りが苦手になってしまうことが考えられます。
また、集団生活でのルールの理解が難しく感じられ、対人関係に影響が生じることもあるでしょう。
社会生活での困りごと
境界知能にある人は、身の回りのことや社会生活で困りごとを抱えやすい傾向にあります。例としては、整理整頓や身だしなみを整えることなどに苦手を感じる、金銭管理や電車の乗り換えなどが難しい、といったものです。
また、生活の中で不適応や困難が重なると、うつ病などの二次障害につながる可能性もあります。
境界知能の相談先
境界知能の特性による困りごとで悩んでいるときや、境界知能が疑われる場合に必要な支援やアドバイスを受けるためには、専門機関や相談場所の利用を検討しましょう。ここでは、相談先として主に4つの機関を紹介します。
発達障害者支援センター
発達障害支援センターは、発達障害のある人に対して総合的な支援を提供するための専門機関です。発達障害のある人が抱える日常生活や社会生活の困りごとに加えて、境界知能についての相談ができる場合もあります。
発達障害のある本人とその家族が豊かな地域生活を送ることを目的とし、医療・福祉・教育・労働など関係機関と連携して必要なアドバイスの提供や他の機関の紹介も可能です。
精神保健福祉センター
精神保健福祉センターは、障害や疾患のある人やその家族に対して、必要な支援や治療についての助言の提供を行う公的機関です。各都道府県および政令指定都市に設置することが定められており、地域の医療機関とも連携しながら相談窓口として機能しています。
センターでは、専門家によるカウンセリングやリハビリプログラム、心理検査などを提供しています。
就労移行支援
就労移行支援とは、就労を希望する障害のある人を支援するための障害福祉サービスです。全国にある就労移行支援事業所に通いながら、職業訓練や日常生活に関する指導を受けて、一般企業への就職を目指します。
仕事をするために必要な知識や能力の習得から就職活動の準備、面接対策、就職後の定着支援まで幅広いサポートが受けられます。また、就職や体調に関して就労支援員に相談することも可能です。
自立訓練(生活訓練)
自立訓練(生活訓練)とは、障害のある人が自立した生活を送るために、必要なスキルや習慣を身に付けることを目的とした支援を提供するものです。支援機関によって支援内容は異なりますが、食事や生活リズムなどの自立したライフスキルや、人との付き合い方などに関するトレーニング、助言を受けられます。
親や周囲の人の助けを得ずとも、健やかに毎日を送るために生活基礎力を付けたい人や、就労や自立に向けて自己理解を深めたいといった人などに適しています。
境界知能も状況により支援が受けられる
境界知能の定義は、IQレベルが70〜84の層とされています。しかし、知能検査の結果は境界知能に当てはまっても、生活には困りごとが少ない場合や、反対に困難が目立つ場合など、個人によって特性や症状は異なるため、一概には判断できません。
また、境界知能は発達障害と合併するケースもあり、実際に発達障害のある層に境界知能のある人の割合が高いというデータも出ています。学習面やコミュニケーション、社会生活において困りごとを抱えやすい傾向があるため、必要な配慮や支援を受けることが重要です。
医療機関以外にも、各自治体に設置されている公的機関にて境界知能について相談できる場合もあるため、今回紹介した相談先も参考にして各種サービスの利用を検討しましょう。
Kaienでは、就労移行支援や自立訓練(生活訓練)といった障害福祉サービスを利用できます。一般企業への就労を希望する人や、生活における自立を目指す人に向けて個別プログラムを作成し、必要なサポートを提供します。見学や個別相談会の他、オンライン個別相談も可能ですので、まずはお気軽にご利用ください。
*1発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます。
*2学習障害は現在、DSM-5では限局性学習症/Specific Learning Disability、ICD-11では発達性学習症/Developmental Learning Disorderと言われます。
監修者コメント
知能、とは人の様々な認知能力を捉える言葉であり、固定された1つの定義というのはありません。その意味で、知能指数で表現されるIQと知能という言葉が同義でないことは明らかです。例えばいわゆる知能テストと言われるWAISやWISCですが、ギフテッドとも言われる130以上であっても、社会的な技能が不足し、学習することも困難なことはあります。私の経験したある認知症の方はIQ116と非常に高い数値でありながら、前頭側頭型認知症と診断できる症状を呈していました。つまり高くても何もかもが優れているということは無いぞ、という限界を前提にした上で、低い場合に心配が多いのは確かです。知能テストが境界知能の結果であるときに、何らかの社会的支援が必要なことは多く、でも「境界」数値だけで判断されると必要な支援が公的に保障されないことが問題になりえます。最近私の外来では、これまでは特に問題を指摘されることもなかった、という30-40代の方が実は境界知能のIQであったということを経験します。特にコミュニケーション能力に長けていると、本来支援の必要があった部分に気づかれないで成人し、何か上手くいかないと困惑することもあるのです。診断書には、実際の生活や学習レベルに応じて、IQ数値以外の要素も丁寧に記載がされるべきと改めて考えるようになりました。
監修 : 松澤 大輔 (医師)
2000年千葉大学医学部卒業。2015年より新津田沼メンタルクリニックにて発達特性外来設立。
2018年より発達障害の方へのカウンセリング、地域支援者と医療者をつなぐ役割を担う目的にて株式会社ライデック設立。
2023年より千葉大子どものこころの発達教育研究センター客員教授。
現在主に発達障害の診断と治療、地域連携に力を入れている。
精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、医学博士。