ASDやADHDの特性のある、いわゆる発達障害* グレーゾーンと呼ばれる人が抱えるトラブルの原因となる日常生活や職場の不適応は、双極性障害と似ている点も多いと言われます。双極性障害は、診断までに年数以上を要する場合もあるほど誤解されやすい症状とも言われますが、両者にはどのような違いがあるのでしょうか。
本記事では、2023年5月3日に開催されたKaien主催のオンラインセミナー「医師に聞く【発達障害グレーゾーンと双極性障害(双極症)】」において、医療法人悠志会パークサイドこころの発達クリニック理事長を務める精神科医の原田剛志(はらだ・つよし)先生にお話しいただいた内容を紹介します。
原田先生は、2011年に子どもの発達障害専門のクリニックを開設。2016年からは、子どもと大人の発達障害の専門施設として運営されています。
セミナーでは、双極性障害の種類や誤診が多い理由、似た症状が出やすい疾患から、発達障害グレーゾーンとの関係性や職場での対処法までわかりやすく解説いただいています。診断が出ていない発達障害グレーゾーンの人や周囲の人にも役立つ内容ですので、ぜひご覧ください。
2023年5月3日開催のオンラインセミナー医師に聞く【発達障害グレーゾーンと双極性障害(双極症)】(講師:医療法人悠志会パークサイドこころの発達クリニック理事長/精神科医 原田剛志先生)の本編動画はこちら
双極性障害は誤診が多い!?理由と実態を紹介
まずは双極性障害の種類や症状について原田先生に解説いただいた内容を紹介します。
双極性障害は誤診されることの多い精神疾患です。ある患者団体の調査では、双極性障害の患者さんの77%がうつ病や統合失調症など違う診断をもらった、というデータがあります。また、正しく診断されるまで、初発から平均7〜8年かかるという報告も出ています。
反対に、実際に不安障害やADHDであるのに関わらず、双極性障害だと診断される場合もあり、初診で適切な診断がもらえるとは限らないことがわかります。
診断が難しい理由として、他の病気のように血液検査の結果などで診断できるものではなく、患者さんの行動や判断力から診断するしか方法がない点が挙げられます。また、患者さん側がうまく状態を伝えられないために、正しく事態を把握できずに誤診につながるケースもあります。
ベテラン医師であっても、すぐその場で診断することは難しく、時系列で出来事や家族歴を聞きながら診断を出すのが一般的です。
双極性障害は2つに分類される!双極性障害の種類と特徴を解説
双極性障害には、大きく分けてⅠ型とⅡ型の2種類があります。それぞれの特徴と違いについて解説します。
双極Ⅰ型の特徴
双極Ⅰ型とは、従来から躁うつ病と言われているもので、はっきりとした躁状態と、その後に起こるうつ状態が見られます。
例えば、Ⅰ型の躁状態では「安かったので マンションを買いました」「震災の復興事業に、今日100万円寄付してきた」といった派手なエピソードもあります。
多くの場合、極端なエピソードは季節性であり、人によって夏に出やすい、春になると見られやすい、など毎年決まったパターンで見られる傾向にあります。
双極Ⅱ型の特徴
双極Ⅱ型とは、うっすらとした軽躁状態と、その後に起こるうつ状態があるものです。Ⅰ型よりも極端さは見られにくい傾向があります。双極Ⅱ型では、昇進や引っ越し、仕事の多忙といった環境の変化によって症状が出やすいケースが多い点も特徴です。
具体的なエピソードには、「休日出勤がやめられない」「毎週日曜日に出てしまう」「仕事が終わらないので会社に泊まることが増えた」「金曜日に仕事が終わった後、東京にセミナーに行って土日を過ごし、深夜便で帰ってきてまた出勤する」といったものです。
Ⅰ型に比べるとスケールの小さいものが中心ですが、体力を消耗しやすいために、後にダウンして、うつの時期が始まります。特に、くよくよとした気持ちや不安が症状に与える影響は大きく、躁の時期よりも抑うつの時期の方が長いケースが多く見られます。
双極性障害の治療を続けても改善しない!そんな場合は別の疾患の可能性も!?
双極性障害は診断が難しい疾患であり、ベテラン医師であっても診断が違っていることが考えられると原田先生は指摘します。そのため、治療を続けても、症状に変化がないようであれば、患者側から別の疾患の可能性も考えてみたいと提案しても良いでしょう。
患者側から提案することは不安ではありますが、真面目な先生であれば怒ったり、咎めたりすることなく一緒に考えてくれるはずです。
逆に、治療の経過に対する意見を伝えた際に怒り狂うような反応が見られたら、他の医師に見てもらうことも検討して良いかもしれません。
意外に多い?双極性障害以外に考えられる疾患
うつ状態や軽躁状態など双極性障害だと思われる症状が出ている場合、双極性障害ではない疾患の可能性も考えられます。というのも、発達障害の特性のような不適応や過剰適応によって、状態が引き起こされている場合もあるからです。
ここでは、それぞれの状態が見られる場合に考えられる疾患について、原田先生に解説いただいた内容を紹介します。
うつ状態が見られる疾患
うつ状態が出ている場合、双極性障害の抑うつによるエピソードのる可能性もありますが、それ以外の疾患としては以下のようなものが考えられます。
- 大うつ病
- 不適応による抑うつ状態
- 不安、過剰適応による過活動の末に疲労してしまった状態
不適応によって憂鬱になる場合や、うまくいかないために鬱々としてしまう場合、もしくは不安や過剰適用で頑張りすぎてしまった末にダウンしてしまう、といったケースもありえます。
躁状態が見られる疾患
操状態に見えるものは、双極性障害での軽躁状態のエピソードである場合以外に、以下の疾患である可能性が考えられます。
- 不安、過剰適応による過活動
- ADHDによる衝動性
不安や過剰適応による過活動が、外から見ると躁状態に見える場合があります。また、ADHDの特性である衝動性からの行動によって、躁状態と間違えられることも考えられます。
発達障害グレーゾーンと双極性障害の関係性とは?
ここからは、発達障害グレーゾーンと双極性障害の関係性について原田先生にご説明いただいた内容を紹介します。
発達障害グレーゾーンとは
発達障害グレーゾーンという概念は、発達障害の診断基準を満たさない程度の特性を持つケースを指します。「要領の悪い人」「真面目な人」「誠実な人」「常に気配りの人」などと言われる人に見られる場合があります。
ただ、特に環境が悪いときに、発達特性がより濃く目立つようになり、それまで当たり前にできていたことができなくなる傾向が見られます。例えば、苦手な部署への異動や、「これだけやってください」とは言われず、あいまいな指示しかもらえない場合、または不機嫌な上司の顔色を伺いながら過ごさなければならない場合などです。
環境の悪さがあると、苦手さがより表に出やすくなってしまいます。また、グレーゾーンの人は「適当に」「手を抜く」といった対応ができないために、要求されたことがうまくこなさないと諦めるのではなく、努力でカバーしようとさらに頑張ります。
視点の切り替えがうまくできず、努力が足りないからだと考え、さらに頑張るものの、結局は頑張りすぎから具合が悪くなる、過労で倒れるといった事態が起こります。そして、すごく頑張る間は軽躁状態、過労で倒れてしまうとうつ状態となり、双極性障害として見られてしまうのです。
グレーゾーンの方に起こりやすいトラブル
発達障害グレーゾーンの人は、適応がうまくいかない例が多く見られます。また、ASDやADHDの特性がある場合、認知や判断の障害が起こりやすく、逆境となる状況や不安、くよくよといった気持ちによって悪化しやすい傾向があります。
ここでは、発達障害グレーゾーンの人に起こりやすいトラブルについて原因別に解説します。
①認知が原因となるトラブル例
発達障害の特性を持つ場合、診断の有無によらず認知が悪くなると言われます。認知が原因で、思い込みや勘違いからトラブルに発展するケースが少なくありません。
例えば、仕事の納期や締切、セミナーなど約束の日時を勘違いしてしまうことや、指示とは違うことをやってしまうなどです。思い込みによって、指示内容を間違って受け取ってしまうものの、本人はそのことに気づかずに実行してしまい、後で言い合いになる場合もあります。
また、リスクの想定ができず、大丈夫だろうと思い込んで行動してしまうことや、絶対危ないことをやってしまい結果的にトラブルになる、といったケースです。
②判断が原因となるトラブル例
認知に問題がなくても、判断は行動に影響を及ぼすため、状況によってはうまくいかない可能性が出てきます。常識的に判断できず、我流や自己流のやり方で進めてしまってトラブルが起きる場合があります。
例えば、仕事で突発的なことが起きたときには、上司に報連相(報告・連絡・相談)を行い、了解を得た上で進めるのが一般的です。しかし、相談なしに自分で勝手に決めてしまい、トラブルが発生するといったものです。良かれと思ったことが自己流すぎて怒られてしまうこともあるでしょう。
また、ADHDの特性である実行機能の弱さや、優先順位が決められない、ASDの特性でマルチタスクが苦手で一度にひとつのことしかできない、などが原因となる場合もあります。
グレーゾーンの方は診断がある人より適応がよいとは限らない
発達障害グレーゾーンは、診断が出ていないからといって、診断がある人よりも適応が良いとは限りません。ASDの診断を満たす人は約2.5%、軽度の自閉傾向を持つ人は約10%存在していると言われています。
診断がない人でも、不安が強いなど心理状況によっては、診断がある人よりも適応が悪くなる場合もあります。発達障害ベースの適応障害では、診断基準を満たすASDは濃い自閉、グレーゾーンの場合は薄い自閉と呼ばれ、自閉がうすくても濃くても生活障害の原因となる可能性はあるのです。
うすい自閉の人は一見常識的に見えるため、特性による問題だと気づかれにくい傾向があります。そのため、他の疾患と間違われたり、流行の言葉に分類されたりしますが、よく話を聞いていくうちに、気分のムラの原因が自閉特性にあるとわかるケースも見られます。
グレーゾーンと双極性障害が間違えられやすいポイント
不安による過活動と疲弊は、双極性障害と間違われやすい傾向にあります。矢継ぎ早に出てくる不安により頑張り、反動的に落ち込み、また頑張って落ち込むという激しい上がり下がりにつながるのです。これは、不安による過活動ですが、「急速交代型(ラピッドサイクラー)の双極性障害」とよく間違われます。
躁状態に見られる特徴の中で、自尊心の肥大や誇大は不安による過活動では見られにくく、むしろ自信がない傾向がよく見られます。また、睡眠欲求が少なく、眠らなくても大丈夫なのは躁状態の特徴ですが、不安による過活動ではむしろ長く眠れない、焦りで寝ている暇がない状態になります。睡眠欲求の減少とは「8時間が6時間に減る」レベルではなく、「2時間で十分」「寝なくても大丈夫」と感じるレベルを言います。
次々とアイデアが浮かぶ観念奔逸や、外の刺激に気を取られてしまう注意散漫という躁状態のエピソードも不安による過活動では見られにくいでしょう。思い込みに固執する、視点の切り替えができずにこだわりが強まる、といった傾向があります。
グレーゾーンの方はどうサポートすべき?
職場において発達障害グレーゾーンの人へ、どのようにサポートすべきなのでしょうか。原田先生による基本的な考え方とともに、当事者に向けた治療プランの提案について解説します。
職場での基本的な考え方
基本的なサポート方法として、やり方がわからない場合は、やり方を教えるかお手本を見せることでうまくいく可能性があると原田先生はご説明されています。
やり方を教えても対応が難しい場合は、自分で判断する必要のない指示を与える方法が有効です。例えば、赤は1、青は2、それ以外の色は3、というように判断せずにできる仕事を与えます。
やる気がない人や興味がない人は、意思の問題です。医療は、つらい要素を減らすことはできても、興味を作ることはできません。また、今できないことは仕事を休んでもできるようにならないため、努力で解決できないことに対しては視点を変える必要があります。
視点を変えることは、自分だけでは難しい場合もあるため、支援してくれる人と一緒に考えることが重要です。
治療プラン
原田先生が提案する治療プランは、以下の項目で構成されています。
- 職場での配置や働き方の変更など環境調整
- 認知の歪みに認知行動療法やグループ療法、判断や行動の不適切さにSST(ソーシャルスキルトレーニング)
- うつ状態、強迫、不安・後悔への薬物療法
- ADHD症状に薬物療法
本人にとって、働きやすくなる環境調整がまず行うべき対応です。
うつ状態や強迫など精神疾患に対しては、薬物療法を検討します。適応を良くするための方法としては、一番最初に環境を変えることに取り組みます。逆境となる環境を解消することで適応が良くなる可能性があるため、会社に環境調整を依頼してみます。
続いて、ADHDの症状が疑われる場合や、不安やくよくよの気持ちに対する薬物療法を検討します。それでも改善が見られにくい場合は、認知行動療法やグループ療法を試す、というのが1つの流れです。
再発を繰り返すメンタル休職(職場のうつ)を考える
原田先生によると、メンタル休職(職場のうつ)は再発を繰り返しやすい傾向があると言います。ここでは、メンタル休職の特殊性や種類について解説します。
メンタル休職(職場のうつ)の特殊性とは
メンタル休職(職場のうつ)が通常のうつとは異なる点として、一定期間内に社会機能の改善を要求される点が挙げられます。また、職場や役職によって会社に戻ってやることが異なるため、患者によって必要とされる機能に差があります。
そして、復職してもすぐに休職に戻ってしまうケースも見られます。ただ、復職後に適応が良く、仕事が楽しめている人はうつの再燃はすぐに起こりません。
一方、今まで120%の努力をし、這うようにして会社に行っていたような場合、休んでもできるようになるわけではないため、復職後すぐにダウンする可能性があるでしょう。
メンタル休職(職場のうつ)の2種類に分けられる
職場のうつには、一時的なうつ病の発症により仕事ができなくなったパターンと、仕事ができないためにうつになってしまったパターンの2種類があると原田先生は解説します。前者がうつ症状が改善することで機能するのに対し、後者は根本の原因が解決されていないため、うつ症状が解消しても休職を繰り返しやすい傾向にあります。
職場のうつの本質は、うつ自体ではなく職業人として機能していないことだと考えられます。しかし、会社側はうつという病気であれば、休職して機能できるようになってから復職せよと考えます。実際は、できないから機能していないため、どれだけ休職しても努力しないことにはできるようにはなりません。
多くの職場うつは、機能しない点が見過ごされ、うつ症状の改善を持って職場復帰可能とされるために、二次症状としてのうつが繰り返されます。
「種族として生きていく」という考え方
双極性障害は誤診の多い疾患であり、うつ状態や躁状態などの症状が発達障害のグレーゾーンの特徴と似ているために誤解されるケースも多く見られます。双極性障害はベテラン医師でも診断を間違える場合があるため、治療を続けても変化がないようであれば、別の疾患の可能性も考える必要があるでしょう。
発達障害グレーゾーンの人は、苦手な環境や不安によって適応がうまくいかなくなることが多く見られます。過剰に頑張ってカバーしようとしますが、頑張りすぎによる過活動と疲弊から躁状態やうつ状態につながり、結果的に双極性障害と間違われやすくなります。
メンタル休職はうつだけにフォーカスされ、機能していない点は見過ごされがちなために再発しやすい傾向にあります。職場うつの再燃を避け、スムーズに解消するためには、環境を調整することから始めて、適応を改善するために必要な対策や治療を取り入れるとみると良いでしょう。
グレーゾーンのように適応が悪くてうまくいかない状況を努力で解決できない場合には、視点を変えることが重要です。御自身も特性のある原田先生は、発達障害の特性がある人やグレーゾーンが疑われる人は「種族として生きていく」ことが大切であると話します。
定型と呼ばれる人々とは考え方は異なるものの、特性のある人同士では似た考え方をする傾向が見られます。そのため、「無理に定型になろうとするのではなく、種族という意識を持ち、仲間同士助け合って生きていくこと」を原田先生は提案しています。
今回の記事では紹介しきれなかった、貴重なお話や具体的な質問にも答えていただいているのでぜひ動画も併せてご確認ください。
2023年5月3日開催のオンラインセミナー医師に聞く【発達障害グレーゾーンと双極性障害(双極症)】(講師:医療法人悠志会パークサイドこころの発達クリニック理事長/精神科医 原田剛志先生)の本編動画はこちら
*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます
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