認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy: 以下CBT)は、物事の捉え方(認知)と行動に働きかけ、ストレスの軽減を図る心理療法で、うつ病などの精神疾患の治療にも活用されています。医師や専門家の指導のもとで行う他に、自分で行う簡単なやり方もあり、実践によって日常生活におけるストレスの軽減につながります。
本記事では、認知行動療法の概要や期待できる効果、セルフで行う方法や注意点について解説します。認知行動療法の具体的なやり方を知り、日常生活に取り入れてみましょう。
認知行動療法とは?
認知行動療法(CBT)とは、物事の捉え方(認知)と行動に働きかけることで、ストレス軽減を図る心理療法です。認知が偏ると、日常生活においてさまざまなストレスを感じやすくなり、行動にも影響を及ぼす可能性があります。
認知行動療法では、自分の問題や困りごとがどのような悪循環によって続いているのかを理解し、原因や背景となっている思考のクセや行動パターンを変容させていきます。
もともと「認知療法」と「行動療法」という2つの療法は別々に発展してきました。認知療法は偏った認知を修正し、柔軟な考え方ができるように調整する療法です。一方、行動療法は適切な行動を実践することで問題解消を図ります。2つの療法が統合され、認知行動療法と呼ばれるようになりました。
認知行動療法により期待できる効果
認知行動療法により期待できる効果には、以下のようなものがあります。
- ネガティブな感情やストレスを緩和・軽減する
- 困りごとによって振り回されにくくなる
- 症状や病気が再発しにくくなる
認知の歪みや偏りを整えることで、悲しみや怒りなどネガティブな感情やストレスの緩和・軽減につながります。また、認知の変化に伴って行動パターンが変わり、日常生活の困りごとによる影響を受けにくくなります。
認知行動療法は、うつ病や不安障害などさまざまな精神疾患の治療でも活用されており、再発予防にも効果があるとされます。最近は、メンタルヘルスの維持・向上に向けて、ビジネスや教育など医療以外の領域でも取り入れられています。
医療機関での認知行動療法の治療の流れ
医療機関における認知行動療法は、主に医師やカウンセラーとの面談を利用して進められます。多くの場合、1回30分以上の面談を16〜20回実施します。認知行動療法のおおまかな流れは、以下の通りです。
- どのような問題からストレスを受けるのか、自身のストレスについて整理する
- 問題によってどのような感情を持ったかを調べる
- 問題が発生したときの考え方が、自分の感情や行動にどのように影響したかを探る
- 考え方の癖と現実とのズレに注目し、現実に沿った柔軟な捉え方を身につける練習を行う
- 問題解決のやり方や人間関係の改善方法を練習する
実際には面談だけでなく、自身で取り組むホームワークも活用します。治療期間は約3ヶ月間が目安ですが、状態によっては期間が変わる場合もあります。
自宅でもできる?セルフでできる認知行動療法
認知行動療法には、さまざまな方法があり、自分1人で行うやり方もあります。ここでは、自分で実践しやすいセルフ認知行動療法の手法を3つ紹介します。
コラム法
コラム法(認知再構成法)とは、自分の思考パターンに対して別の見方を探すことで、考え方の範囲を広げる方法です。ネガティブな感情を感じたときに、瞬間的に頭に浮かぶ思考(自動思考)に着目し、違う見方や考え方を探すことで、過度にネガティブに陥るパターンから抜け出す訓練を行います。
具体的には、まずコラム表と呼ばれるシートを使って、以下の項目を洗い出します。
- 落ち込みや不安を感じた出来事
- 出来事が起こったときに湧き上がった感情
- 感情の点数(どのくらい強く感情を感じたか)
- 別の捉え方や考え
- 別の考えを見つけたことによる感情の変化
出来事に対する感情や行動、考え方を書き出し、客観視することで認知の癖に気づくことが可能です。記録を続けることで、認知の癖を知り、考え方の幅を広げて物事を柔軟に捉える訓練ができます。
コラム法には、質問事項の数により、「3コラム法」「5コラム法」「7コラム法」といった種類があります。好みや使いやすさに応じて活用してみましょう。
リラクセーション法
リラクセーション法は、体の緊張を緩めていくことで、ストレスによる心への影響を軽減する方法です。人の体と心は互いに影響し合っており、精神的なストレスを感じると体も緊張します。そして、緊張状態が長く続くと、慢性疲労や自律神経の不調などにつながります。
そこで、体の緊張を緩めることで、ストレスの緩和や予防を行うのがリラクセーション法です。代表的なものに、呼吸を整えてリラックスした状態になる「呼吸法」が挙げられます。他にも、自己暗示によって全身をリラックスさせる「自律訓練法」や、一旦体を緊張状態にしてから緩める「漸進的筋弛緩法」など、さまざまな手法があります。
練習を続けることで、体と心をリラックスしやすい状態へと導き、緊張や不安の緩和を促すことが可能です。1日1回、寝る前にリラクセーション法を実践するなど、やりやすいものから取り入れて習慣化していくと良いでしょう。
行動活性化療法
行動活性化療法は、気分と行動の関係性に着目した方法です。ポジティブな気分だと外に出かけたくなったり、人と会いたくなったりすることが増えるでしょう。反対に、憂うつな気持ちのときは、体が重く感じたり、人と会いたくなくなったりします。
こうした気分と行動の関係性を利用して、行動によって気分が変わるようアプローチするのが行動活性化療法です。例えば、憂うつな気分のときに、家にこもっているとさらに落ち込みが強くなることがあります。
しかし、少し体を動かしてみると、意外と楽しさや快適さを感じることがあります。また、何か新しい発見があり、自信につながるような場合もあるでしょう。このように、行動を自分で変化させることで、ネガティブな気分につながる認知の癖を修正することが可能になります。
認知行動療法をセルフで取り組む際の注意点
認知行動療法をセルフで実践する際に、気をつけたいポイントについて解説します。
治療中の方は主治医に相談する
認知行動療法は、認知の癖を変えるために役立つメンタルトレーニングですが、病気の状態や症状によっては負担となる場合があります。負荷が大きくなると、症状や状態が悪化する可能性もあるため、精神疾患などの治療中の場合は必ず主治医に相談しましょう。
例えば、コラム法では、気持ちが落ち込んだ出来事やストレス状況を思い出す作業が必要です。ネガティブな感情を再び呼び起こすことで、現状に悪影響が及ぶことも考えられるため、事前に主治医の承諾を得ておくと安心です。
長期的スパンで取り組む
認知行動療法は、長期スパンで取り組むことが大切です。数ある心理療法の中でも、認知行動療法は比較的早く効果が出やすいと言われています。しかし、今までの人生の中で構築されてきた認知の癖を修正するためには、ある程度の時間を要します。数ヶ月単位・年単位で取り組み、効果が徐々に出てくるものであるということは理解しておきましょう。
思考の癖を修正し、新しいパターンを定着させるためには、長期的な視点で地道に続けることが大切です。
1人で難しい場合は医療機関での治療も検討する
自分1人で認知行動療法を続けることが難しいと感じたら、医療機関での治療も検討してみましょう。セルフでも効果が見込めますが、前述の通り負担がかかって逆効果になる可能性もあります。
認知行動療法の治療は、精神科や心療内科で受けることが可能また、1人で行うことが難しい場合は医療機関に相談してみましょう。
自分で簡単にできる方法から試してみよう
認知行動療法は、認知の癖に気付き、考え方のバランスを整えていくことでストレスを軽減するための療法です。認知行動療法の実践により、うつ病など精神疾患の改善や日常生活におけるストレスの緩和といった効果が期待できます。
認知行動療法にはさまざまな手法があり、コラム法や行動活性化療法など自分でできる簡単なやり方もあります。ただし、症状や状態によっては負担が大きくなり、状態が悪化する可能性もあるため、精神疾患のある人はまずは主治医に相談しましょう。
また、セルフで取り組むことが難しいと感じたら、医療機関での認知行動療法の治療を検討することをおすすめします。無理はせず、自分でできる範囲で認知行動療法を日常生活に取り入れてみましょう。
監修者コメント
認知行動療法は私が医師になった2000年頃から知名度が上がってきた心理療法です。とりわけ不安性疾患への効果は目覚ましく、例えば強迫性障害はそれまで「もっとも苦痛な疾患」とも評され、薬物もほとんど効かない疾患でしたが、認知行動療法によって著しく改善していくさまを見るのは驚きでした。
さて、認知行動療法の素晴らしい点は技術的側面が明確であることだと私は考えています。それまでの心理療法には、ともすれば治療者の人格によって左右される面が大きすぎるのではという疑問を持ったものです。認知行動療法は、治療者の人格ではなく技量に結果が左右されることが明白であり、技術習得過程も段階を追って明確です。ふんわりとした治療効果を期待するのではなく、明確な指標が持てる、ということも本当に画期的でした。
ともあれ、認知行動療法は最後の砦的なものではありません。どの人も健康であれば無意識にやっていることを敢えて意識化し、忘れてしまった適応的思考を取り戻す側面もあります。また、自分で本を読んで学び、「これまでになかったものの見方を身に付けられる技術」でもあります。自分の精神的な調子がイマイチであると気づいたり、もしくは自分を変えられたら状況も変わるのでは?と思えるときなど、認知行動療法を試す良いチャンスでもあります。書店に行けば沢山の良質な入門書が手に入ります。うつや不安が強く感じられるとき、是非一度手にとって、実際に試してみることをお勧めします。
監修 : 松澤 大輔 (医師)
2000年千葉大学医学部卒業。2015年より新津田沼メンタルクリニックにて発達特性外来設立。
2018年より発達障害の方へのカウンセリング、地域支援者と医療者をつなぐ役割を担う目的にて株式会社ライデック設立。
2023年より千葉大子どものこころの発達教育研究センター客員教授。
現在主に発達障害の診断と治療、地域連携に力を入れている。
精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、医学博士。