嗅覚過敏とは、他人が気付かないようなわずかなにおいにも敏感に反応してしまい、日常生活に支障が出てしまう状態のことです。嗅覚過敏の方の中には、においで気分が悪くなり就労に困難が生じている方もいるでしょう。
本記事では、嗅覚過敏の症状や考えられる原因、仕事での対策方法を解説します。嗅覚過敏の方が就職や転職の際に利用できる支援サービスについても紹介するので、ぜひ参考にしてください。
嗅覚過敏とは
嗅覚過敏とは、においに対して過敏になり、日常生活に支障をきたしてしまう状態を指します。五感(嗅覚・触覚・味覚・聴覚・視覚)など、感覚への刺激に過敏になる状態を「感覚過敏」といい、嗅覚過敏はその中でもにおいに対して過度な反応を示す状態です。
誰しも少なからず、日常生活でにおいが気になることがあるでしょう。しかし嗅覚過敏の場合は、においが原因で体調が悪くなったり、他人が気にならないようなわずかなにおいにも違和感を抱いたりと、においが原因で日常生活が困難になる点が通常と異なります。
嗅覚過敏の特徴と症状
嗅覚過敏の症状は、「もの」や「空間・場所」のにおいに対して過剰に反応するケースが多いといわれています。
芳香剤や香水、飲食物といった「もの」のにおいに反応したり、職場や電車、人混みといった「空間・場所」のにおいで気分が悪くなったり、といった例が挙げられます。デパートなど複数のにおいが入り混じる場所で体調を崩す場合もあります。
嗅覚過敏の症状はさまざまで、においが気になることが多いからといって必ずしも嗅覚過敏だとは限りません。においへの違和感が原因で集中力が低下したり、仕事や人付き合いが困難になったり、吐き気や頭痛といった体調変化が見られたりと、日常生活に何かしらの不具合が生じるレベルになる点が嗅覚過敏の特徴です。
嗅覚過敏の原因
嗅覚過敏の明確な原因はわかっていませんが、可能性として考えられるものはいくつかあります。例えば嗅覚過敏の原因のひとつとして、発達障害*や化学物質過敏症、てんかんなどが挙げられます。また、1つだけでなく複数の原因が関係している場合も少なくありません。
注意したいのは、嗅覚過敏があるからといって必ずしもこれらの病気や特性だと断定できるわけではないということです。あくまでも可能性の1つとしてとらえましょう。
発達障害
人が音やにおいなど何かを感じるときは、まず耳や鼻といった感覚器官で情報(刺激)を受信し、次にその情報が神経回路を通って脳に伝わり、最後に脳が得た情報を解析するという段階を経ます。こうした脳機能にかたよりが生じると感覚が過剰に反応し、嗅覚過敏などの感覚過敏を引き起こすことがあります。
発達障害は生まれつき脳機能の発達にかたよりがみられ、特性により感覚に対して違和感や困りごとを抱える方も少なくありません。感覚過敏は発達障害の中でも特に自閉スペクトラム症(ASD)の方に多い特性で、発達障害の診断基準の1つであるアメリカ精神医学会のDSM-5(最新版はDSM-5-TR)では、自閉スペクトラム症の診断基準に感覚に関する項目が含まれています。
また、発達障害では感覚過敏の反対である「感覚鈍麻」が見られる場合もあります。感覚鈍麻は感覚に対する反応が鈍くなるのが特徴です。
ただし発達障害の方が皆、嗅覚過敏などの感覚過敏になるわけではなく、また感覚過敏の方が皆発達障害であるわけでもありません。あくまでも特性の1つとして見られることがあるという点に留意しましょう。
てんかんや片頭痛
てんかんや片頭痛のある方は、脳の神経細胞が過敏になることにより嗅覚過敏を引き起こすことがあります。
てんかんとは、本来規則正しいリズムで活動する脳の神経細胞(ニューロン)が、外部からの刺激がない状態で突然過剰な働きをすることにより発作をくり返す病気です。痙攣や意識消失などの症状が一時的にあらわれ、しばらくすると治まります。この脳の神経細胞の興奮により過敏な状態に陥ると、症状として嗅覚過敏が起こるケースがあります。
ただしこちらも発達障害同様、嗅覚過敏だからといって必ずしもてんかんや片頭痛がイコールで結びつくわけではありません。
ストレス
ある時期から嗅覚過敏になった場合は、ストレスなどの精神的な原因が考えられます。精神状態のバランスが崩れると、これまで気にならなかったにおいに苦痛を感じたり体調が悪くなったりすることがあります。
精神的なストレスや不安は、嗅覚を含めたさまざまな感覚過敏の状態に影響するといわれています。以前よりにおいが気になるようになったら、一度自身のストレス状態をチェックしてみても良いかもしれません。
睡眠不足や疲労
睡眠不足が続いたり疲労が蓄積したりすると、感覚に影響をおよぼす場合があります。睡眠不足や疲れがたまると、普段は気にとめないようなにおいを不快に感じることもあるでしょう。
睡眠不足や疲労もストレス同様、感覚過敏に影響するといわれています。日常生活でにおいに過敏になっていると感じたときは、睡眠時間を確保して疲労を溜めないよう調整しましょう。
化学物質過敏症
化学物質過敏症とは、通常であれば症状が出ないような微量な化学物質に対して身体的・精神的な症状が出るのが特徴です。例として柔軟剤や消臭剤、化粧品の香りに反応するケースが挙げられます。
嗅覚過敏は化学物質過敏症の代表的な症状の1つです。ほかにも目や鼻、喉への刺激症状、皮膚のかゆみ、めまい、吐き気といったさまざまな症状があらわれます。化学物質過敏症の発症メカニズムはまだ解明されておらず、治療法も確立されていません。そのため、原因となる化学物質を避けるしかないのが現状です。
嗅覚過敏以外の感覚過敏
嗅覚過敏以外の感覚過敏として、聴覚過敏や視覚過敏、触覚過敏などが挙げられます。これらの感覚過敏の症状を詳しく見ていきましょう。
聴覚過敏
聴覚過敏とは、人の声や物音といった周囲の音が気になり、日常生活に支障が出てしまう状態を指します。ほかの人が気にならないような些細な音も大きく聞こえてしまい、中には頭痛や耳の痛みなど身体的な症状を訴える方もいます。
聴覚過敏の症状には個人差があり、苦手な音の種類や音域、大きさも人によって異なります。例えば子どもや女性の高い声を苦手に感じる方もいれば、物と物がぶつかる音に不安を感じる方もいるでしょう。
また、その日の体調によって症状の具合に差が出るのも特徴です。同じ音でもストレスや疲労が溜まっていると、いつもより過敏に反応してしまうケースもあります。詳しくは以下の記事も併せてご覧ください。
視覚過敏
視覚過敏とは光や色、物の動きといった視覚から入ってくる刺激が過剰に感じられ、日常生活に支障が出る状態のことです。特定の色を見ていられない、一度に多くの情報が目に入ってきて疲弊するなど症状はさまざまで、個人差があります。
視覚過敏の対処法として、目から受け取る刺激の量を制限するアイテムの使用が挙げられます。視覚過敏用のサングラスや偏光グラス、つばのある帽子の着用といった工夫には、一定の効果が期待できます。
触覚過敏
触覚過敏は、肌に触れるものに不快感や違和感、痛みを感じて日常生活に支障が出てしまう状態を指します。触覚は全身にあるため、どの部分でどんなものに違和感を感じるかは人によりさまざまです。化粧品を顔につけられない方もいれば、人に触れられない、快適に着られる服が少ないという方もいるでしょう。
触覚過敏はほかの感覚過敏と同様、根本的な治療方法が確立されていません。そのため、不快感の少ないものを選んで身につける、身体に触れる必要があるときは一声かけてもらうなど、症状を緩和させる工夫が必要です。
味覚過敏
味覚過敏とは、味覚が非常に敏感なため日常生活で食べられるものが少なく偏食になったり、鮮度や調味料など些細な違いで食べ物を受けつけなくなったりする状態を指します。また、苦手な食感が多い点も特徴です。
味覚過敏の方は食べられるものが少ない分、食事に対して苦手意識を持つケースが少なくありません。対策として調理方法や食器類を変えてみる、初めて食べるものは事前に材料や作り方、風味を教えてもらい味をイメージするといった方法が挙げられます。
その他の感覚過敏
感覚過敏は五感に関するもののほかに、平衡感覚など動きやバランスに関するものもあります。揺れやスピードといった動きやバランスを感じる前庭覚が過敏になると、乗り物酔いがひどかったり不意に動かされることに不安や恐怖を抱いたりといった症状があらわれます。階段や坂道、姿勢を保つのが苦手なのも特徴の1つです。
前庭覚過敏の対処法の1つとして、刺激を自分でコントロールする方法が挙げられます。坂道の少ない見知った道を歩くなど、ある程度動きの見通しが立つよう生活すると良いでしょう。
嗅覚過敏の方の仕事での困りごと
嗅覚過敏の方は、仕事をするうえでさまざまな困りごとを抱える傾向にあります。例えば、電車や人混みのにおいが気になって通勤が困難になる、隣の席の人の香水や汗のにおいが苦痛といったことが挙げられます。
また、食品売り場や化粧品売り場など、就業場所自体のにおいが苦手で働くのが辛いという方もいるかもしれません。お昼を各自が自分の席で食べる職場だと、食べ物のにおいを不快に感じる方もいるでしょう。
誰しも苦手なにおいはありますが、嗅覚過敏の場合は業務に支障が出るほどの苦痛を感じてしまいます。嗅覚をはじめとする各感覚の感じ方は本人にしかわからないため、周囲の理解が得られにくい点も困難さを感じる原因の1つといえるでしょう。
嗅覚過敏の方の仕事での対策方法
嗅覚過敏には治療法がないため、症状を緩和させる対策が必要になります。ここでは仕事における対策方法を1つずつ見ていきましょう。
マスクをつける
通勤や業務の際にマスクを着用すると、周囲のにおいをある程度ガードできるため効果的です。特に活性炭入りのマスクには防臭効果があるので、嗅覚過敏の方におすすめです。
しかし、マスクをつけたからといって周囲のにおいを100%遮断できるわけではありません。アロマオイルなど自分が落ち着けるにおいを少量マスクにつけておくと、不快感の軽減につながるでしょう。
環境を見直す
嗅覚過敏の症状を引き起こしやすい対象から距離を取れるよう、働く環境を見直す方法も有効です。対象から席を離す、昼休みは外に出てにおいの元から距離をとるといった対策方法が挙げられます。
また、自分の好きなにおいや安心するにおいに触れやすい環境づくりも大切です。においを不快に感じた際、好きなにおいを嗅いで紛らわすという応急処置的な方法もあります。嗅覚過敏の方の苦手なにおいは、人によってさまざまです。自分の苦手なにおいから離れられるよう職場環境を見直すことが重要になります。
働き方を変える
理解のある職場であれば、在宅勤務など働き方を変えられる場合もあります。在宅勤務なら、職場の苦手なにおいから離れられるため効果的です。
在宅勤務ができるかどうかは職種や会社の体制によって異なるため、在宅勤務を希望する場合は上司などにまず相談しましょう。普段から同僚や上司に嗅覚過敏のことを伝えておくと、理解を得やすいかもしれません。
転職する
職場の環境改善が難しい場合は、転職も視野に入れましょう。テレワークができる仕事や、フリーアドレス制で席が決まっていない職場なら、嗅覚過敏であっても少ない負担で働ける可能性があります。
また、後述する就労移行支援では、特性や障害のある方向けに就職・転職活動のサポートを行っています。嗅覚過敏の方に配慮した職場を紹介できるほか、特性との付き合い方や対処法を身につけられるカリキュラムもあるので、働き方に悩む嗅覚過敏の方におすすめです。
嗅覚過敏の方の就職は就労移行支援がおすすめ
就労移行支援とは、発達障害や適応障害といった精神疾患や、感覚過敏の特性がある方など、障害のある方の一般就労を支援する福祉サービスです。就労移行支援は「障害福祉サービス受給者証」があれば利用できるため、障害者手帳を取得していない方や未診断でグレーゾーンの方も支援を受けることができます。
就労移行支援は、「職業訓練」「就活支援」「就業後の定着支援」など、就労に関するトータルサポートを実施しています。カリキュラム内容は事業所によって異なり、就労に向けたスキル習得だけでなく、自己管理の方法を学べるものなど多岐にわたります。
Kaienの就労移行支援
Kaienの就労移行支援では、さまざまな職種を実践的に体験できる職業訓練や、自身の特性への理解を深め苦手への対処法を学ぶソーシャルスキル講座など、50種類以上の講座を自由に受けることができます。また、自身と同じ課題や悩みを抱える利用者と同じ立場で語り合える場を設けているのも特徴です。
就活サポートでは、精神疾患や感覚過敏といった特性に理解のある200社以上の企業と連携し、利用者に合った職場を紹介します。就職活動はKaienのカウンセラーと二人三脚で進めていくので、1人では心配という方も安心です。
Kaienでは過去10年で約2,000人の方が就職に成功しており、就職率は86%と高水準を維持しています。就職後も定着支援を行い、就職活動中はもちろん、就職した後も利用者の方が前向きに働けるようサポートいたします。
無料の見学会や体験利用も随時開催しているので、気になる方はぜひお気軽にご連絡ください。
Kaienの自立訓練(生活訓練)について
嗅覚過敏という自分の特性への理解を深めたい、退職後にまだ就活への気持ちが乗らないという方は、就労移行支援の前に自立訓練(生活訓練)の利用がおすすめです。Kaienの自立訓練(生活訓練)は、自身の特性や得意・不得意を見つめ直し、対処法や周囲への配慮の求め方などを学べます。
生活や特性理解についてのソーシャルスキルを学び、実践型のプロジェクトを通して習得していきます。プロジェクトはスタッフが伴走するほか、1対1のカウンセリングなども行うため、安心して自身の将来を再設計することが可能です。
興味のある方は、ぜひお気軽にお問い合せ下さい。
嗅覚過敏の方は環境の改善と対策を
嗅覚過敏の明確な原因はまだわかっておらず、治療法も確立されていません。しかし発達障害や化学物質過敏症など、可能性として考えられる要因はさまざまです。また、マスクをつけたり職場環境を見直したりといった対策で症状が軽減されるケースもあります。
職場環境を変えることが難しい場合は、就労移行支援を利用して自分に合った仕事を見つけるのも1つの手段です。就労移行支援では、日常生活にも活かせるような苦手への対処法も学べます。1人で抱え込まず、医療機関や福祉サービスを利用して無理のない就労を目指しましょう。
*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます
監修者コメント
フランスの偉大な作家、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』では、主人公がマドレーヌの匂いと味から無意識的に少年時代の幸せな記憶を蘇らせます。このように自分の意志とは関係なく、特に匂いや味によって過去の記憶が想起されることを「無意志的記憶」と呼ばれます。
残念ながらメンタルクリニックで語られる無意志的記憶は、このようなノスタルジックなものではなく、患者さんからは「匂い(心地良いもの)」ではなく、「臭い(忌避するもの)」に対する嗅覚過敏が語られます。私が経験した症例では、ストレスがかかるとタバコの匂いが気になるようになり、シャワーで身体を洗ったり、服を洗濯したりしてもタバコの匂いが残るという訴えがありました。嗅覚を含めた感覚過敏の多くは、ストレスとなる原因を遠ざけたり、ストレスに対する感受性を下げる(例として抗うつ薬の内服)ことで改善することが多いですが、患者さんにとっては悩ましいものですね。ただし、嗅覚と味覚は原始的な感覚であるからこそ、私たちの意志とは関係のない記憶を呼び覚ます強力なイニシエーターと言えます。
最後にプルーストの本文を引用して、匂いや味と記憶の不思議な関係について終えたいと思います。
【古い過去から、人間の死後、事物の破壊後、何一つ残るものがなくなるときも、ただ匂いと味だけは、もっともごくか弱くはあるが、それだけ根強く、非物質的に、執拗に、忠実に、なお長い間かわることなく、魂のように残っていて、あの追憶の膨大な建築を、他のすべてのものの廃墟のうえに、喚起し、期待し、希望し、匂いと味の極微の雫のうえに、しっかと支えるのだ。】
『失われた時を求めて 第一篇 スワン家の方へ1 』マルセル・プルースト、鈴木道彦訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2006)
監修:中川 潤(医師)
東京医科歯科大学医学部卒。同大学院修了。博士(医学)。
東京・杉並区に「こころテラス・公園前クリニック」を開設し、中学生から成人まで診療している。
発達障害(ASD、ADHD)の診断・治療・支援に力を入れ、外国出身者の発達障害の診療にも英語で対応している。
社会システムにより精神障害の概念が変わることに興味を持ち、社会学・経済学・宗教史を研究し、診療に実践している。
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