多重人格と呼ばれることもある「解離性同一性障害」は、周りからは理解が難しい症状を持っています。解離性同一性障害の方のご家族やご友人のなかには、「どのような接し方をしたらよいかわからない」「無意識に演技をしているのではないか」などと悩んでいる方もいるのではないでしょうか。
そこで本記事は、解離性同一性障害の症状や特徴、それらを踏まえた接し方のポイントをわかりやすく解説します。解離性同一性障害は安心感のある平穏な日々によって改善が期待できる病気です。解離性同一性障害についての理解を深めて、よりよい治療や環境作りにつなげていくためにお役立てください。
解離性同一性障害の症状と原因とは?
解離性同一性障害(解離性同一症)とは、適応能力をはるかに超えたストレスや体験によって、1人の人間のなかに別人格が存在するようになると指摘されています。従来は「多重人格障害」「多重人格」と呼ばれていました。
解離性同一性障害は、医学の知識がない一般人にとって理解しにくい部分が多く、「演技ではないのか?」「普通に付き合うのがむずかしい」といった戸惑いを感じる人も多いようです。そこで、まずは解離性同一性障害の症状や原因について解説します。
症状
解離性同一性障害の症状の特徴は「解離」を繰り返し経験することです。「解離」とは、すなわち普通の人が連続して持つ意識や記憶、知覚といった精神機能が途切れてしまう状態です。この解離によって、主に以下の症状が引き起こされます。
症状 | 概要・具体例 |
---|---|
多重人格 | ・状況の変化や会話などをきっかけに、別の人格に切り替わる ・頭の中に複数の人格がいるように感じる |
解離性健忘 | ・幼児期や青年期の記憶の一部が思い出せない ・家族の名前やパソコンの操作方法などを度忘れする ・別人格のときに何をしたか覚えていない |
解離性遁走 | ・自宅や職場など生活圏と離れた場所に突然移動してしまう |
離人症 | ・自分や世界について現実感がない |
その他 | ・頭痛・うつ、不安・幻覚、幻聴 |
上記の症状は複数重なる場合もあれば、1つだけの場合もあります。
原因
解離性同一性障害の原因は解明されていませんが、症状を引き起こす要因として、以下の2つが指摘されます。
1つは、以下のような幼少期のストレスや心的外傷です。
- 虐待:身体的、心理的、性的な虐待、ネグレクト(育児放棄)
- 喪失体験:親の死、兄弟の死など
- 異常な体験:火事、交通事故、自然災害、犯罪事件など
もう1つは生まれ持っている素因です。教育現場では、体罰や大勢の前に出るなど強い緊張を感じる場面で、自分を外側からみているような感覚に陥る子どもが一定数いることが知られています。こうした解離素因が強いと、解離性同一性障害を発症しやすくなると考えられています。
解離性同一性障害の方との接し方のポイント
トラウマの再体験やストレスを防ぐと、解離性同一性障害が落ち着いたり回復したりする傾向があります。そのため、解離性同一性障害の家族や友人など周りの人は、接し方のポイントを知っておくことが大切です。
否定や叱責をしない
解離性同一性障害の方に対しては、症状を否定したり、症状が原因で生じたミスや問題について叱責したりしないことが大切です。例えば「現実逃避をするな」「演技をしているのではないか」などと否定的な言葉を浴びせることは、別人格で自分を守ることを許さない形となるため、症状が悪化する恐れがあります。
したがって、解離性同一性障害の方に対しては、症状や症状が引き起こす状況をそのまま受け入れるのが基本です。もしも本人が話し始めたら耳を傾けるように心がけます。
ただし、記憶が途絶えてしまい何度も同じ間違いをするような場合は、注意しなければなりません。こうした場合は文面で約束事を残し、お互いに確認できるようにする方法があります。
別人格を責めたり問い詰めたりしない
別人格のことを責めたり、問い詰めたりしないようにします。主人格が別人格を認識している場合は仲間や協力者、理解者などとみなしている場合があり、心が傷つき症状や問題が悪化する恐れがあります。別人格を存在しないかのように扱うのも同様です。
また、主人格が別人格を認識していない場合もあります。この場合、別人格の名前や性格を聞いたり、「なぜ、あのような行動をするのか」と責めたりしても、主人格は彼らについて何も知らず、責任の取りようもありません。問い詰めるような行為をすると、不安や混乱が大きくなる恐れがあるので注意が必要です。
解離性同一性障害の症状や特徴を理解する
家族や周囲の人が解離性同一性障害の症状や特徴について理解し、受け入れる姿勢が大切です。というのも、解離性同一性障害の方のなかには、「病気を信じてもらえない」「嘘や演技と思われてしまう」などと悩んで隠す人もおり、そのことで症状を悪化させてしまうケースが多いからです。
身近な人の理解があると不安やストレスが緩和されます。症状に合わせて環境を調整することもできるでしょう。また、本人が障害を十分に理解していない場合には、症状や原因を説明したり、医療機関に通うことを勧めたりできます。
平穏な生活ができるようにサポートする
解離性同一性障害の方にとってまず大事なのは平穏に過ごせる環境を整えることでしょう。
この「平穏」の条件の1つは、過去のトラウマを生じた環境にいるのであれば、そこから離れることが選択肢の1つでしょう。仮に幼児期に体験した虐待が原因であれば、トラウマを思い出しにくくするために自宅や地元から離れるといった選択が考えられます。また、職場や学校で強い叱責や否定をしないように「合理的な配慮」を依頼するといった方法も考えられるでしょう。
もう1つは、解離性同一性障害の方とご家族、主治医などが、信頼関係を構築できていることです。安心して自己表現できる人間関係のなかで平穏な日々を送っていくうちに、落ち着いて、連続的な意識の中で暮らせることが多くなる人もいます。
解離性同一性障害の治療法はある?
解離性同一性障害については解明されていない部分が多く、治療法も確立されていません。しかし、以下の3つの方法は一定の効果があるとされています。
- 精神療法
- 薬物療法
- 環境調整
それぞれについて解説します。
精神療法
精神療法とは、医師やカウンセラーなどの専門家が、心理的な方法を用いて患者の心身を治療する方法です。解離性同一性障害の方は、通常、精神療法を中心に長期間にわたり治療を受けます。
医師やカウンセラーが解離性同一性障害の方と信頼関係を築きながら、症状や問題点を理解し、回復に導いていきます。
治療者によっては、暴露療法や催眠療法といった手段をとることもありえます。
薬物療法
解離性同一障害の解離症状に直接的に効く薬はないとされています。しかし、解離性同一障害と併発しやすい不安症状やうつ症状については、抗不安薬や抗うつ薬が用いられており、一定の効果が期待できます。
また、解離性同一障害では統合失調症の症状と似た幻覚・幻聴症状が現れる場合があり、この際に用いられるのが抗精神病薬です。しかし、統合失調症とは原因が違うため、抗精神病薬の有効性は低いとする専門家の意見もあります。
環境調整
環境調整とは、ストレスやトラウマを思い出すきっかけとなっている環境(職場、学校、家庭など)を調整していく方法です。解離性同一障害の方が自ら環境調整するのはむずかしいため、家族や福祉関連サービスのスタッフなどが協力して取り組む必要があります。
例えば、職場の環境調整としては、障害の特性に合った一般就労を目指す「就労移行支援」が利用可能です。就労移行支援を行っている事業所では、職業訓練や就職支援を受けられます。また、就職後の悩みについて相談に乗ってもらったり、職場に対して合理的な配慮を伝えてもらったりする就業定着支援を受けることも可能です。
解離性同一性障害について正しく理解することが適切な接し方につながる
1人の人間のなかに別人格が複数存在する解離性同一性障害は、一般の人にとって理解がむずかしく、どのように接してよいかわからない場合があります。だからこそ、解離性同一性障害の症状を踏まえた接し方をして、少しでも平穏に生活してもらうことが重要です。
解離性同一性障害は精神療法や薬物療法などによって回復に至るケースもあります。また、ストレスを減らす環境調整については周囲の人の協力でできることも少なくありません。まずは解離性同一性障害についての理解を深め、よりよい方法を探していくとよいでしょう。
監修者コメント
解離性同一性障害の方のお話を聞く時には本当に人の精神の不思議さを感じます。私自身は正直治療に直接携わったこともなく、治療者として適切な訓練を得ているとも考えていませんので、ある程度までコンセンサスを得ている内容として監修させていただきました。本質的な治療という意味では、経験豊富な医師やカウンセラーと出会うことがまずハードルが高いとも言えます。しかし、本稿にある通り「平穏な生活」へのサポートという意味ではできることは沢山ありますので、医療の他にも就労支援をはじめとした様々な社会資源の利用を考えてみると良いはずです。今の自分に必要なサポートとして何が考えられるのか、本稿を考えるヒントにしてください。
尚、医療機関にかかるときには、まずは大きな病院の精神科ないし神経内科受診をお勧めします。一度何か脳にそのような状態を起こす器質的病変が無いかを検索して、それから対処を相談していきましょう。
監修 : 松澤 大輔 (医師)
2000年千葉大学医学部卒業。2015年より新津田沼メンタルクリニックにて発達特性外来設立。
2018年より発達障害の方へのカウンセリング、地域支援者と医療者をつなぐ役割を担う目的にて株式会社ライデック設立。
2023年より千葉大子どものこころの発達教育研究センター客員教授。
現在主に発達障害の診断と治療、地域連携に力を入れている。
精神保健指定医、日本精神神経学会専門医、医学博士。