発達障害者支援法が制定されてから、2024年で20年となります。これを受けてKaienでは、「ニューロダイバーシティサミットJAPAN 2024」の第一弾として2024年1月1日にオンラインイベントを開催しました。
本記事は、オンラインセミナー「発達障害*者雇用における、これまでの20年の歩み」をテーマに、障害者雇用ドットコム代表の松井優子(まつい・ゆうこ)さんにお話いただいた内容を紹介します。
松井さんは、民間の教育機関にて発達障害者の教育・就労支援を経験した際に、企業側の体制づくりの重要さを実感し、企業側のサポートを手掛けるようになりました。過去には特例子会社立ち上げ時の障害者雇用の採用や業務、行政委託事業として約800社の未達成企業ヒアリング調査なども実施されています。現在は、障害者雇用に関する情報発信や企業向け障害者雇用支援を継続的に行っています。
本セミナーでは、現在の企業における発達障害者就労の位置付けや企業の課題などの項目についてわかりやすくご解説いただきました。
2024年1月1日開催のオンラインセミナー「発達障害者雇用における、これまでの20年の歩み(講師:松井優子 障害者雇用ドットコム) ~ニューロダイバーシティサミットJAPAN 2024 元日企画~」の本編動画はこちら
障害者雇用と発達障害の変化期
松井さんは、障害者雇用と発達障害の変化ポイントとして、まず平成18年(2006年)に精神障害者の方が障害者法廷雇用率にカウントされるようになった点を挙げています。また、障害者自立支援法や総合支援法(発達障害適用)の施行を受けて、就労系福祉サービスがスタートし、定着していったことも大きいと考えます。
さらに、平成19年から特別支援教育が始まり、発達障害者への教育が法律上で明確化され、学べる場所が確立されていった流れも重要な変化です。平成26年(2014年)には障害者差別解消法が制定され、国立大学などに障害学生支援室が開設されるなど、高等教育における学びの場所が保証されるようになってきています。
障害者雇用と発達障害
松井さんは、「職務上で必要なことができ、会社が求める業務品質を達成できるのであれば、発達障害や知的障害がある人でも問題ない」という前提で障害者雇用を考えています。また、「障害だからこの仕事は難しい」と捉えてしまうと、さまざまな可能性の幅を狭めることにつながると懸念しています。
障害者雇用を検討する企業には、大きく分けて法定雇用率の達成を目的とする企業と、障害の有無を問わず活躍できる人材の獲得を目指す企業、という2つの捉え方・取り組み方がありると松井さんは指摘します。
現在でも法定雇用率に重点を置いている企業が多く、これは障害者雇用の制度が関係しています。法定雇用率を達成しないと企業名が公表され、雇入れ計画書を作成するように言われる、といった背景により、法定雇用率の数字を意識している企業が多く見られます。
しかし、なぜ障害者雇用を企業が行わなければいけないのかをそれぞれの企業で改めて考えることが重要です。障害者雇用と一般雇用の違いや特徴については、下記の記事で詳しく紹介していますので、ぜひご覧ください。
関連記事:発達障害に向く仕事・働き方 「一般雇用」と「障害者雇用」の違いから
企業が障害者雇用を行う理由をポジティブに考えてみる
なぜ企業が障害者雇用を行うのかという質問に対し「法律で定められている」「行政から指導を受けたくない」など消極的な理由を回答する企業も見られます。ただ、視点を変えて、障害者雇用を進める理由をポジティブに考え直すことが大切だと松井さんは言います。
例えば、今いる社員がさらに活躍できる体制づくりに役立つ可能性があります。また、今までとは異なるタイプの人が組織の中に入ることで、役割分担の変化や会社組織の活性化、風土の変化、組織的な意義の確立といったものにもつながるでしょう。
実際に、障害者を雇用している企業の中には、最初は変化に対する不安が多少なりともあったものの、障害者の人が一生懸命取り組む姿を見て仕事に対する意識が社内全体で変わったケースもあります。
また、業務の見直しや社員のキャリアアップ、業務設計マニュアルづくりなどを通して誰でも働きやすい体制を整備できた、社員の成長やコミュニケーションの活性化に役立った、などポジティブな意見も多数出ています。
発達障害者の方から多い相談
雇用される障害者の人も増加傾向にある現在、発達障害のある人で大卒の一般枠で就職した人や、現在障害者枠で働いていてキャリアアップを目指したい人からの相談が多く寄せられます。
具体的には、大卒時の就職活動はクリアできたものの、入社してから違和感があり、職場の雰囲気や仕事の仕方などで配慮が欲しいと感じる人などです。また、障害者枠で働くべきか、一般枠で働くべきかを迷っているケースや、自分の障害特性や合理的配慮をどのように伝えればいいかわからないケースも少なくありません。
他にも、現在の職場で特性が十分に理解されず、転職を希望する場合にどのように合理的配慮を依頼すればいいかわからない、障害者枠で働いていてキャリアをどう伸ばしていけるかといった相談も見られます。
発達障害学生への主な支援内容
差別解消法の影響もあって、国立大学などで支援室の開設が増加し、大学に進学する発達障害のある人も増えてきています。精神障害または発達障害を持つ学生への支援内容としては、主に以下のような内容が挙げられます。
- 専門家によるカウンセリング
- 自己管理指導
- 対人関係配慮
- 就職支援機関の紹介
- 居場所の確保
- 医療機関との連携
- キャリア教育
- 就職先の開拓・障害学生向けの求人情報の提供 など
学生側は基本的には大学で講義を受ける際に必要な支援を求める割合が多く見られます。学習支援以外での相談は、就労支援やキャリア、仕事先に関する内容が中心です。
障害者雇用の経験がある企業だからといって理解があるとは限らない
発達障害を持つ人が働きたい、または働いたけどうまくいかない人が多い状況を受けて、松井さんは、まず前提として「障害者雇用の経験がある企業は、障害者雇用に対して理解があり、配慮もしてくれるとは限らない」と理解することが大切だと話します。
「障害者雇用=周囲が配慮してくれる」というイメージから、障害者手帳の取得を検討しようと思われる人もいるかと思いますが、企業は障害者を配慮するために雇用するのではなく、働いてもらうために雇用するということを覚えておく必要があります。
また、企業と障害当事者の障害者雇用の考え方のミスマッチもよく見かけます。障害者手帳を持っていて、能力を発揮して活躍したいと思っている人が、法定雇用率の達成だけを重視し、定型的な業務だけを任せたいという企業に入っても、その人が想定していたような仕事はできないでしょう。このような状況に対して、仕事が決められたものばかりでキャリアアップが望めないといった不満を持つ人もいます。
また、障害者雇用に取り組んでいる企業でも、全ての社員が障害に対しての理解があったり、周知されているわけではありません。入社する時に合理的配慮について伝えていても、一緒に働く人に伝わっておらず希望していたような配慮がない場合もあります。これは企業側が悪意があるわけではなく、個人情報の観点から誰にどこまで伝えるかを明確にしていなかったり、当事者に配慮しすぎて人事や上司が周囲に話してないなどお互いに配慮した上でのすれ違いも多いのです。
合理的配慮は自分から伝える必要がある
松井さんは、「合理的配慮は自分から伝えることが重要」だと話します。合理的配慮の基本的な考え方は本人から合理的配慮を申し出ることになっています。つまり個人の考え方や就労環境に基づいたサポートを受けるためには、自分からきちんと情報を発信していく必要があります。
なぜ自分から伝える必要があるのか?
同じように見える状況でも1人ひとりの困り具合や受け止め方は異なります。そのため、自分は何が苦手で、どのような配慮を希望するのかを適切に発信していくことが大切です。
「自分はこのように思ってるから、察してほしい、理解してほしい」ということではなく、自分でニーズを明確に伝える必要があります。
合理的配慮を伝えるために必要なこと
ここからは、合理的配慮を自分から伝える際に必要なポイントについて、松井さんに解説いただいた内容を紹介します。
自分の障害について知る
まずは自分の障害についてよく知ることが重要です。何が得意でどういったものは苦手・難しいのか、どういう場面でどのようなサポートがほしいのか、などをしっかり考える必要があります。そのためには、自己分析が有効です。
企業、職種について調べる
障害者雇用の実績が多い、もしくは経験がある企業が自分に合うとは限らないため、企業や仕事についても自分で考えることが大切です。例えば、雇用率の達成を目的としている企業に、キャリアアップを希望する人が入社しても仕事内容は物足りない可能性があります。
反対に、決められた時間で安定的に働きたい人が、キャリアアップを希望する企業に入社してもプレッシャーを感じてしまうでしょう。企業の社風や文化、障害者雇用に対する考え方もしっかり事前に調べておく必要があります。
自分の障害についてどの程度の範囲の人に知ってもらいたいか考えておく
自分の障害についてどの程度の範囲の人に知って欲しいかをあらかじめ明確にしましょう。人事担当者だけ、あるいは直属の上司だけに伝えておくのか、または一緒に働く人全員に知らせてほしいか、といった点を明確にし、それを伝えます。
そして、想定していた状況と違う場合には、率直に話す必要があるでしょう。周りの人に知られたくないが、配慮はしてもらいたいという要望は難しい場合もあります。
特に発達障害の人は、よくできるところと苦手な部分との間で差が激しいことが多く、障害特性を知らない人には、怠けている、手を抜いていると誤解される可能性があります。必要な支援や協力を得たいのであれば、伝えるべきことをしっかりと伝えることが望ましいでしょう。
発達障害者の雇用における企業の悩み
発達障害の人の雇用における、企業や担当者の悩みとして、現場でコミュニケーションを取りづらい、障害特性とわがままの違いがわからない、といったものがあると松井さんは語ります。
また、人事や管理部などでは、一緒に働く社員からの理解が得られにくいという内容も出ています。他にも、発達障害傾向が疑われる人は手帳の取得が可能なのか、必要な場合にはどう促せばいいのか、といった相談も多いようです。
障害者雇用と一口に言っても、企業によって障害者雇用の考え方、それまでの歴史、社員の受け取り方は大きく異なるため、当事者として考える障害者雇用の業務や企業側の考え方とマッチしているかを見る必要があります。
また、職場を選ぶ際に障害者枠とはじめから決めるのではなく、どのような仕事が向いているのか、またしたいのか、どういった配慮を求めているのかなどを自己分析などで出していくと良いでしょう。
企業や働き方によるイメージの違い
一口で企業で働くといっても、企業や職種によって働き方のイメージは異なると松井さんは指摘します。ここでは、おおまかな企業や働き方によるイメージの違いを紹介します。
外資系企業、大手一般総合職、専門職
外資系企業や大手の一般総合職、専門職では、業務面では特別な配慮は不要でも、職場環境などでの配慮が必要なケースが多く見られます。身体障害のある新卒社員や中途入社社員、発達障害のある新卒社員などが代表例です。
企業の一般職、専門職
企業の一般職や専門職では、業務遂行面では特別な配慮はいらないものの、進め方や指示、人間関係など職場環境などで配慮が必要な場合があります。発達障害のある新卒社員をはじめ、障害者用の人材紹介会社を通じた求人などが代表例です。
障害者の配属が多い部署がある企業、特例子会社
障害者の配属が多い部署がある企業や特例子会社では、業務内容がある程度カスタマイズされており、仕事の進め方・指示も配慮されている傾向が見られます。当事者側は職場に希望する部分を、企業側は求める人材をそれぞれ明確に示すことができれば、ミスマッチを減らせる可能性はあります。
近年は、人的資本といった考え方も広がっていることもあり、多様な人材を採用しようという企業が増えています。また、雇用率も上がっており、本業に貢献する業務で採用したいと考える企業も多くなってきています。
企業雇用の中での障害者雇用の位置付け
IT技術やAIの進化、コロナなどによって働き方や企業を取り巻く状況が大きく変化している時代に、持続的に生き残っていくために経営戦略と並行して人材戦略を考えている企業が増えていると松井さんは言います。
本業で求められる活躍できる人材を採用する取り組みや、能力や適性発掘を目的としたインターンシップを取り入れるなど、世の中も変わってきています。そのため、自己分析を丁寧に行うことで、どういった仕事ができそうか、どういった企業なら働きやすい環境を作れるか、など働く上での重要なポイントが見えてくるでしょう。
発達障害雇用のポイント
企業の障害者雇用においても、雇用率を達成することだけでなく、本業につながる採用をしたい、活躍できるポジションで働いてほしいと考える企業が増えつつあります。
能力を発揮できる発達障害の人が活躍できる場は今後より増えていくと考えられます。松井さんは、障害を持つ人が希望する職場や仕事に就職するためには、自分の強みや弱み、求める合理的配慮を他の人に伝えることが重要であり、そのために自己分析などが有効だと話しています。
仕事に対して何を求めるかを明確化することが重要
発達障害支援法の施行から20年の間、さまざまな進化がありましたが、今後も時代に合わせてあらゆる変化が予測されます。
働き方が多様化している現在、柔軟な対応ができる職場や働き方が増えていくことにも期待が寄せられています。とは言っても、他人任せでは実現できません。自分は仕事や職場をどのように選ぶのか、障害をどう表現して伝え、理解してもらうのか、自分が仕事に対する重要度や求めるところを明確にしていく必要があります。
また、ITやAIの進化によっても、今後、仕事内容や働き方が変わってきます。そのような変化を恐れるのか、世の中で求められるものを自分のものにするのかによっても、仕事の選択や将来が変わってきます。今後20年は柔軟性や変化がますます重要になるでしょう。
今回の記事では紹介しきれなかった、貴重なお話や具体的な質問にも答えていただいているのでぜひ動画も併せてご確認ください。
2024年1月1日開催のオンラインセミナー「発達障害者雇用における、これまでの20年の歩み(講師:松井優子 障害者雇用ドットコム) ~ニューロダイバーシティサミットJAPAN 2024 元日企画~」の本編動画はこちら
*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます
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