シリーズ『医師と語る 現代の発達障害*』
細川 → ストレスケア東京 上野駅前クリニック 細川大雅医師
鈴木 → 株式会社Kaien 代表取締役 鈴木慶太
なぜ思春期専門のクリニックが少ないのか
鈴木) 今日はお時間をいただきありがとうございます。当社社員が上野の街を歩いていて偶然「発見」したのが貴院で。今年立ち上げられたばかりなんですよね。
細川) はい。今年立ち上げました。これまで大学での研究をしたり、病院で勤務したり、どの場面でも思春期を専門にしていました。ただし病院だと色々と制約もあります。自分なりの方法を模索して行く中で、一つの形として思春期専門のクリニックを立ち上げられないかと思ったわけです。
鈴木) 思春期向けの精神科クリニックはほとんど私も知らなかったです。とても珍しいですよね。
細川) 児童専門・大人専門というクリニックはありますけれども思春期はなかなか無いですね。思春期は手間が掛かるので、他のドクターはあまり取り組まないのかもしれません。例えば当院でも本人、親、そして親子でという3回に分けてお話を聞きます。児童や大人向けではそういうことはほとんどありません。なので当院の患者さんも児童の専門の先生からの紹介が多いですね。対象は小学校高学年から、中学、高校、大学生が多いです。
鈴木) 当社についてはご存知でしたか?
細川) はい。患者さんの一人がKaienさんに通っていたんです。彼はもう就職していますけれども、どういうプログラムを受けているかを教えてくれていました。それを聞いて「発達障害の支援で理にかなったことをされているな」と思っていました。発達障害と言うと一番最初にKaienさんが話題に上がってきますからね。それにウェブサイトで知ったのですが、Kaienの協力医療機関が橋本大彦先生(渋谷 橋本クリニック院長)なんですよね。実は橋本先生は私が東大病院時代に師事したドクターでして、そういう点でも注目していました。
学校に行く意味を薬が与えてくれるわけではない
鈴木) ありがとうございます。当社は発達障害に特化した就職支援事業を運営しているのですが、こちらのクリニックでも発達障害の方は多いのですか?
細川) そうですね。私が学んだ頃はひきこもりの要因として、うつや統合失調症の始まりなんじゃないかと言われることが多かったわけです。10年以上前は発達障害はあまり認識されていませんでしたから。でも薬が効かないことが多いのですね。薬で学校に行けるようになるわけでもなければ、人間関係が良くなるわけでもない。そうすると実は発達障害がベースにあるのではないか、と考えるようになりました。実際当院にいらっしゃる方に検査をすると、多かれ少なかれ発達障害の傾向があることがわかります。ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)のいずれか、あるいは合併した方が多く通われています。ですので、あくまで思春期あるいはひきこもりが専門のクリニックですが、結果として発達障害の方が多数を占めるという形です。
鈴木) 発達デイケアではアートセラピーという手法を取り入れられています。どういう狙いからでしょうか?
細川) 不登校になる方の多くは、基本はうつっぽくて、気分が乗らない。やる気が出ない。そういう方も抗うつ薬を処方すると元気にはなるんです。ただし学校に行けるかというと違うんですよね。学校に行く意味を薬が与えてくれるわけではないので、意味を探すためのツールとしてアートがいいなと思っています。アートは自分の力を確認する手段でもありますし、他の人との共同作業でもあるんですよね。発達障害の問題というのは、自分への自信のなさであったりとか、人との関係づくりの苦手さにあるので、そういう課題にアートは効果があるなと思っています。
鈴木) ただアートを作ってもらっているわけではないと。
細川) はい。それでは単に自分で趣味をやっているだけの話になってしまいますから、共同作業ですよね。
鈴木) 認知行動療法にも力を入れていらっしゃいますよね。発達障害の人には向かない場合も多いという先生もいらして、私もそれなりに知的に高い人でないと難しいかなぁと思っているのですが…。
細川) ここに来る方は知能が高い人が比較的多いかもしれませんね。なので理解度の問題ということはあまり感じません。大学に通っているけれども、あるいは就職したけれども上手くいかない人が、認知行動療法を受けたい、と当院にいらっしゃいますね。自分で調べて試してみた後にクリニックに来られる方が多い印象です。たしかに弱点に向き合って、そこを変えていくのが認知行動療法なので、ご本人のやる気は重要にはなります。また、認知行動療法は色々なモジュールで単一のアプローチというわけではありません。発達障害の方は認知に特徴があるので、どのモジュールを選ぶかをサポートしています。年代によってもアレンジが出来て、中高生に向いたアプローチも取れるわけです。
鈴木) ひきこもり、不登校の方がデイケアなどを経て、「効果」がでるのはどのくらいの時間がかかるのでしょうか?
細川) やはり人それぞれですね。このクリニックのデイケアは、昭和大学で加藤先生が作った全20回のものをベースにしていますので約半年掛かります。そのぐらいで変化が見られる人もいれば、数年掛かる人もいるでしょう。でも不登校の子はどっかで吹っ切れることが多いですね。だんだん良くなると言うよりも、ある日突然学校に行けるようになったというのは珍しくはありません。
様々な価値観を提供 子だけでなく親の心も解きほぐす
鈴木) 先生が思春期専門クリニックとして気をつけられているところはどこですか。
細川) 様々な価値観を見せることですね。思春期の価値観は限られているんですよね。学校に行く、受験をこなして大学に行って就職する、そこから外れると人生終わりだと考えている子が多いわけです。そこでいろいろな価値観を示すのが大切かなぁと思っています。音楽が好きな子は学校の勉強ができなくても音楽をしていくという道もあるわけだし、非常によく喋って色々な能力があるけれどもテストになるとまったく振るわなかったり、いろいろな子がいるのですよね。でも苦手なところで勝負するのではなくて、得意なところで生きる道を見つけていければよいのかなぁと思います。発達障害の特性は色々と凸凹しているのですが、弱いところは最低限補うけれども、大切なのは強いところを伸ばすところ。強いところを伸ばすのがここの役目ですね。そのために認知行動療法とかアートセラピーをしているわけです。
鈴木) 親も普通の道しか歩んでいなくて、通常の道以外は怖いという親もいると思うのですが、そういう親にはどう対応されていますか。
細川) 親も価値観が硬直化していますよね。テストで一桁しか取れていない子なのに、国立大学に入学しなさい、大企業に就職しなさいという親はいるんですよね。でもそれは現実的ではないし、その方向性を補強するのが治療ではないので、それよりも自分が納得する生き方を生きてほしいですよね。具体的には、うちにはいろいろな子がいるのでそういう子たちの例を紹介して不安を解消していったり、あるいは違う道を目指している子に実際にあって生き生きしている様子を見てもらったりすると受け入れてくれますね。
鈴木) 自分の理想の子育てを見直す必要があると…。
細川) 先程も、思春期への対応としては、本人と親と話して、そして最後に親子と話すというプロセスをご紹介しましたが、それはなんのためかと言うと親にも変わってもらう必要があるとお話をするのですね。お子さんとの距離感を変えてもらったりもしますが、実はお話をしていくうちに親も診療を受けるということもあるんですね。
鈴木) 親も苦しんでいるわけですね。
細川) 親もいろいろ抱えていて、自分の話をしたいと、別々の日に来ることもあります。不登校の子を抱えていると自分を責めている場合もありますし、親の心も解きほぐすことも仕事かなと思っています。
鈴木) なるほど。河合先生(注:河合隼雄 心理学者 京都大学名誉教授 元文化庁長官)の本を読んだときに「思春期は越えてしまうと大したことがない溝に思えるが、まだ越せていない人には大きくて深い溝だ」というような趣旨のことが書かれていて、先生と話すうちにそれを思い出しました。
細川) そうですね。溝を渡るコツを教えるのもこのクリニックの役目ですね。そこで親が手を貸してしまったら自分が渡ったことにならないわけですから、自分の力で渡れるようにするサポートをこのクリニックでしていきたいです。
鈴木) 最後に。思春期と発達障害をお話できる先生は、なかなか稀有な存在だと思います。今後当社では、10代以降のお子さんを持つ親御さん向けのペアレント・トレーニングをしたいと思っています。お時間があれば登壇いただきたいと思いました。
細川) 診療は木曜と日曜以外していて、木曜も共立女子大学や文京学院大学などで教えているので、日曜に時間が取れるかも、と言う程度ですが、日程が調整できればぜひお話できればと思います。
鈴木) ぜひお願いします。楽しみにしています。
細川 大雅 医師
医学博士 精神科専門医(日本精神神経学会認定)
精神保健指定医 産業医(日本医師会認定)
東京大学医学部卒 東京大学大学院博士課程修了(医学博士)
米国ハーバード大学医学部精神科
神経科土田病院副院長
ストレスケア東京 上野駅前クリニック
JR上野駅(入谷口)より徒歩0分。
◎思春期・ひきこもり専門
◎発達障害の診察可
◎発達デイケア(アートセラピー)
◎認知行動療法
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*発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます