発達障害デイケアをスタート 賑やかで細やかなクリニック

vol.4 きしろメンタルクリニック 木代眞樹医師
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シリーズ『医師と語る 現代の発達障害』

木代 → きしろメンタルクリニック 木代眞樹医師
鈴木 → 株式会社Kaien 代表取締役 鈴木慶太

“袋叩き”にあった 大人の発達障害*¹の診断

鈴木) 先生が発達障害に取り組み始めたきっかけを教えてください。

木代) 病院勤務の頃ですね。今から20年ほど前のことです。20代の男性で保護室から出られない方がいました。その方の担当を他の先生から引き継いたんです。その先生によると「統合失調症のような混乱があるが、どうも統合失調症とも言い切れない。統合失調症の薬でも良くならない。あるいは躁病かもしれない。でも躁病という経過にも必ずしも当てはまらない。とにかく難しい」と。私も診断がつかなくて「なんだろう?」と思いましたね。

その時にヒントを与えてくれたのが、今、このクリニックに月曜日に来てくれている福本修先生です。「統合失調症でもないし、躁病でもないし。といってパーソナリティ障害でここまで来ますかね…」と相談したら、すぐに「アスペルガーじゃないの」と福本先生に言われたんです。僕は本当に不勉強で「そのアス、アス、アスペルガーってなんですか?」と聞いたら、「自閉症圏の病気でね、知的障害がなくて、言葉の障害がないものですよ。」って。

その後、色々調べたんですよ。そうしたら本当に「ぴったりだ!」と。そこで、病院のカンファレンスで「アスペルガー症候群がベースにあって、それに伴う二次的な精神症状をきたしている。現在は統合失調症治療薬で意識変容を起こしているので、一度、薬を減量して、最終的には中止して状態を見ましょう」と言ったら、そりゃみんな喧々諤々ですよね。木代が変なことを言っていると…。はっきり言って袋叩きですね。もし何かあったらどうするんですかと厳しく言われるんですよ。でもその場は私が直接診て、責任を持ちますと、なんとかOKをもらったんです。でも後で教授に呼ばれて「お前はもう班長なんだから、奇をてらうようなことを言わないで、我々が代々教わって来た診断学があるだろう。それに則って正しく診断しなさい。君は研修医を教える立場だろう。わかったか」と説教されたんです。

結果的に薬を切ったら穏やかになりました。看護師には「教育的なことではなく、本人が受け入れられる方法で接してくれ」と伝えたんです。当時そういう方法は看護師も教わっていなかったんですね。「大丈夫なんですか、甘やかしていいんですか?」と不安がられまして、「いやそうじゃない。こだわりを妨げられるとパニックになり、不穏になるんだよ」と言ったりしましたね。それが最初の経験でした。

鈴木) 子どもの発達障害は以前から知られていたとは思いますが、大人の発達障害と言うと20年前でもそんな状況だったんですね。

木代) 私達の世代では大学で教わっているわけではないので、自分たちで勉強して覚えていくしかなかったんですよね。今やどこの病院でも大人の発達障害は一般的でしょうし、今更、精神障害を併発した大人の発達障害と言っても学会発表にもならないぐらい当たり前になってきましたが、2000年当時は大学病院であっても大人の発達障害の診断はできなかったんだと思います。

ちなみに、先程の話には後日談があって、神奈川県の児童思春期の研究会でそのケースを発表をたら、と勧められて、出したんですよね。発表をしたらフロアから「よくこのケースを発表しましたね。幼少期からの発達の詳しいことを聞いていないなら普通出さないですけれどもね。」と言われましてね、そこでも袋叩きみたいな感じになりました。私も当時は不勉強で幼少期からの発達の状況を詳しく聴取していなかったのです。その発言を機にフロアがしらーっとしたのですが、たまたま都立梅ヶ丘病院院長の市川宏伸先生(日本発達障害ネットワーク理事長)が来られていたんです。市川先生が「アスペルガーで問題ないんじゃないですか。なんか問題ありますか。」と言ってくれて、鶴の一声ですよね。雰囲気が一瞬で変わりました。ちょうど司会が本田秀夫先生でね。いま信州大学の。その時には横浜にいらしたんですね。後で「大変でしたね」と声をかけられたのを覚えています。

先生の人間味がクリニックにも

鈴木) あまりそういう失敗例を赤裸々にお話頂ける先生は少ないのですが、そういったところが木代先生のお人柄だなぁと思いました。

木代) 医者として独り立ちした後に、新しい概念を学び直すというのは大変ですよね。若い医者の場合は最初は指導医がついてチームで診療する中で勉強するわけですから、医者になった後の勉強は大変ですよ。でもやはり時代はどんどん変わっていきますし、良い治療をするためには色々と学んでいかないといけないですよね。

鈴木) 今や発達障害はブームのようになっていますが、先生のところでも患者は増えていますか?

木代)実は定期的に通院している人ですと10%もいかないです。あまり5年前と変わりません。

発達障害圏の方は診断まではストレス無くできるのですが、治療的介入となるとなかなか難しい。特に発達障害だと薬物療法が存在するのはADHDだけですよね。またADHDでも自閉スペクトラム症障害や学習障害*²を併存している方も結構いらっしゃいます。だから薬物療法ではなく精神療法(認知行動療法などの心理カウンセリング)こそが、発達障害の中核の症状・特性に対して根本的な治療法になりえると考えています。

しかし、民間のクリニックでは精神療法を採用しづらいのです。例えば臨床心理士が精神療法を行っても、今のところ保険医療による治療は出来ないのです。当然自由診療になって、そうするとある程度、経済的な余裕がないと利用できない。なので、発達障害の人は診断までというケースが多いのです。社会適応を高めてもらうという治療的な対応が病院・クリニックではしづらい部分もあるんですよね。

医療に繋がりづらかったASD系へ ショートケアという提案

鈴木) なるほど。だからこそ、今度ショートケアで、診察室以外の療法を始められるというわけですね。

木代) はい。おっしゃる通りです。

ショートケアやデイケアは保険で認められている上、民間クリニックの経営上も取り入れやすい面があります。また昭和大学附属烏山病院で発達障害・ADHDに関しては集団精神療法の方法論を作り出してくれています。診療報酬の面でも烏山病院のプログラムを用いると加算があり、そういったインセンティブがあったのも大きいですね。Kaienさんの就労支援は働くためのということ。もちろん重なるところはあると思いますが、クリニックでのショートケアは社会適応を上げるための治療的なプログラムになります。

2019年1月オープン 発達障がい支援ショートケア「ぶどうの樹」リンク

鈴木) 発達障害の状態像もここ最近様々になってきていると聞きます。

木代) そうですね。例えば、私が開業当初から9年10年診ている患者さんで、「職場でADHDじゃないの」と言われたということで、「見逃したかもしれない」ということで検査をやり直している患者さんもいます。また、当初は、パーソナリティ障害にアルコール依存が合併している、と考えていた患者さんが居て、心理テストをしたのですが、能力にばらつきがあるので広い意味で発達障害だったのかなあ、と考えていたのですが、その後、経過を見るとADHDかもしれない、と考えなおして、追加の心理テストを行った結果、ADHDと診断して、ストラテラを出したらだいぶ穏やかになったというケースもあります。見逃していたので非常に申し訳なかったけれども、発達障害の概念を得て、改めて診断をし直したら、発達障害だった、というような、そういう見逃しが、多くの医療機関であるのではないか、と考えています。

今はADHDのチェックリストを初診時にほぼすべての方に入れているんです。例えばうつを主訴に受診されても、ADHDのチェックリストでADHDの併存を疑い、そういう目で成育歴を聴取するとベースにADHD、あるいはADHDと自閉スペクトラム症障害の併存の存在を疑う、というケースもあります。そのようなケースでは心理検査が負担にならないようであれば、同時に検査を行ったり、負担になるようならばうつが良くなってから検査をしたり、そういう感じでやっていますね。

鈴木) 早いうちから発達障害も合わせて検討されるのですね。

木代) そうしないとわからないですよね。もちろんWAISをしてもよほど落ち着きがない所見や不注意の所見が出る方は別ですが、それ程でもない方、特に成人では幼少期に存在していたであろう多動などは改善している場合が多いので、WAISだけでADHDの傾向を見極めるのは難しいのです。まして初診時に1から全部聞くと1時間以上かかることもあるので、チェックリストを活用するようにしています。

最近は平均寿命が延びた影響で認知症も爆発的に増えていきますよね。もちろん高齢者の発達障害の方も当然おられる訳です。実際に認知症と言って当院に来た方で、ご主人が「家内の物忘れは結婚当初からですよ」というのですよ。奥さんは「お父さんすぐそんな事言うんだから」と怒ってしまったのですが、成育歴を聞いたら「えーっ」と驚くことばかりで、すぐに知能テストとMSAPをやりましょうと。認知症で来た方も発達障害の問題も頭の隅に入れておかないといけないですね。結局、その方はADHDに初期のアルツハイマーが合併していたと診断しましたが。

心理職が活躍するクリニック

鈴木) 小田急線・南武線の沿線でリファーするクリニックと言うときしろメンタルクリニックさんをあげる関係者がとても多いです。

木代) うちは臨床心理士が多いんでね。非常に優秀な心理士たちが高い質で検査をしてくれる。雇いすぎて経営は大変なんですけれどもね。働いてくれているのは、以前勤務していた病院で一緒だった人や、その人達が学校で同窓だった人ですね。

その後、私がクリニックを立ち上げたので、引き抜いてしまったと言ったら申し訳ないけれども、そういう形になっているかもしれませんね。当院では認知症の治験もしていたので、評価スケールは心理士がしないと出来な部分もあって、それなら人を入れようかということで多くなったこともあります。

鈴木) 今後はどういうクリニックを目指していかれますか?

木代)「薬物療法と精神療法を車の両輪のように組み合わせていく」というのが、当院の開院以来の目標です。今後はこれまでの力動的な精神療法に加えて、認知行動療法も積極的に行っていきたいと考えていて、開院以来の大きな目標が、さらに本格的にできるようになりそうで、楽しみにしています。100%すべての患者に対応しているかと言うと言い切れないですけれども、ICD-10のFの0から9まで、「来る者は拒まず」という方針でなるべく対応しようと思っています。

精神科の初診は30分以上、場合によっては1時間以上かかってしまい、どうしても無制限に新患の患者さんの予約を入れられないのです。したがって新患の患者さんには予約までお待たせしてしまうことが多いのです。でも我々のそういった事情が世間には必ずしも通るわけではないですよね。立場が変われば、例えば患者さんからみたらすぐ見てほしいわけですよ。無理はできないのですが、前よりも医師の数を増やしたり、また緊急性が高いと判断した場合は、予約料はいただくようにしていますが、休憩時間や診療終了後に新患の予約を入れる場合もあります。まあ、平日は20時まで診療をしていますから、その時間から新患を診察するのは大変ではあるのですが、体が続く限りは頑張っていきたいと思っています。時代と共にクリニックも進化していかないといけないですからね。

鈴木) Kaienに求めるものはありますか?

木代) 私達もただの一つのクリニックですから、発達障害の全体のこと、特に就職のところはわからないところもたくさんあります。様々な病院・クリニックからKaienさんのところには通われているでしょうから、逆に全体像が見えているということもあると思います。そういった情報も教えていただけると、一クリニックとしては世の中の流れもわかって大変ありがたいですね。

*1発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます

*2学習障害は現在、DSM-5では限局性学習症/Specific Learning Disability、ICD-11では発達性学習症/Developmental Learning Disorderと言われます

木代 眞樹 医師

きしろメンタルクリニック院長・精神保健指定医
日本臨床精神神経薬理学会・評議員・指導医・専門医
日本精神神経学会・精神科専門医
日本老年精神医学会・専門医
聖マリアンナ医科大学医学部医学科卒業 同大学院博士課程修了

きしろメンタルクリニック

小田急線 向ヶ丘遊園駅 徒歩1分
発達障害外来
発達障がい支援ショートケア「ぶどうの樹」
きしろ心理相談室併設
https://kishiro-mental.jp/リンク

 

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