「人の話がよく理解できない」「マルチタスクが苦手」といった悩みを持つ方のなかには、ワーキングメモリーが低い方が少なくありません。ワーキングメモリーの特性や、それによって生じる困りごとを知っておくと、自己理解が進み、対策も立てやすくなります。
そこで本記事は、ワーキングメモリーの特徴や役割、短期記憶やIQとの違い、発達障害*¹との関連性、検査方法、困りごとの対処法などを解説します。
ワーキングメモリーとは?
ワーキングメモリーとは、作業記憶や作動記憶とも呼ばれ、情報を一時的に保持しながら同時に処理する脳の機能です。ワーキングメモリーの特徴としては、「作業のじゃまが入っても大事な情報を覚えておける」「作業が終わると、その情報は自然に消える」という2点が挙げられます。
例えば、「5+7」の暗算をするとき、数字を頭のなかで覚えながら計算を進めます。途中で誰かに話しかけられても、計算が終わるまでは数字を忘れません。そして、答えを出した後は、その数字を意識しなくなり、次の作業に集中できるようになります。
このように、ワーキングメモリーは思考をスムーズに進める役割を持っています。
ワーキングメモリーの代表的なモデル
ワーキングメモリーの仕組みを説明する代表的なモデルに、Baddeley and Hitchのモデルがあります。
このモデルでは、以下の4つの脳機能によってワーキングメモリーが働くと説明されています。
- 音韻ループ:言葉や音に関する情報を一時的に記憶する
- 視空間スケッチパッド:目で見た情報や空間の位置関係を一時的に記憶する
- エピソードバッファ:音韻ループと視空間スケッチパッドの情報を整理・統合する
- 中央実行系:ワーキングメモリー全体を管理し、どの情報に注意を向けるか決め、必要な情報を組み合わせて処理する
基本的な流れとしては「情報入力(音韻ループ+視空間スケッチパッド)→情報の統合(エピソードバッファ)→制御・判断(中央実行系)」のように進みます。
ワーキングメモリーと短期記憶やIQとの違い
ワーキングメモリーと短期記憶、IQの違いがわからない方もいるのではないでしょうか。以下に違いをまとめました。
項目 | ワーキングメモリー | 短期記憶 | IQ(知能指数) |
定義 | 情報を一時的に保持しながら操作する能力 | 一時的に情報を保持する能力 | 知的能力全般を測る指標 |
機能 | 計算・推論・読解などの認知作業を支援 | すぐに忘れるが一時的に覚える | 論理的思考・問題解決力など |
持続時間 | 数秒~数十秒 | 数秒~数十秒 | 持続的な能力 |
具体例 | 短期記憶の電話番号の数字を順番に取り出してダイヤルする | メモに書かれている電話番号を覚える | 会社の内線番号の規則性を見つける |
ワーキングメモリーは短期記憶やIQと異なり、ほぼ無意識的に、頻繁に働いているといえます。
発達障害とワーキングメモリーは関連性がある?
現時点では、発達障害とワーキングメモリーの間に明確な因果関係は証明されていません。ワーキングメモリーの機能低下は、ストレスや睡眠不足、加齢など、さまざまな要因によって引き起こされます。
一方で、発達障害の特性と、ワーキングメモリーが低いことによる困りごとには、共通点が少なくありません。例えば、読み書きや計算が苦手な点はLD(学習障害*²)の困りごとに似ています。また、集中力が持続しない点は、ADHD(注意欠如多動症)の特性と重なるといえるでしょう。
一部の研究では、発達障害のある方はワーキングメモリーの特定の側面が低いという調査結果もあります。しかし、発達障害の方のすべてにあてはまるわけではありません。困りごとの原因が、ワーキングメモリー以外にある場合も考えられます。
ワーキングメモリーが低いことでどんな困りごとが起きる?
ワーキングメモリーが低いことで生じやすい困りごとの例を以下に示します。
- 会話中に言われたことをすぐに忘れ、同じ質問を何度もしてしまう
- 相手の話の要点を理解できず、どうすればよいかわからなくなる
- 職場や学校で大事なものを置き忘れる
- 周囲の音や動きが気になり、授業や仕事に集中しづらい
- 長い指示を覚えきれず、途中で何をすればいいのかわからなくなる
- 仕事や学業の計画を立てるのが難しく、締め切り直前まで手をつけられない
- 複数の作業を同時に進められない
ワーキングメモリーは脳の処理機能に密接にかかわるため、日常生活や仕事、学業などに幅広く影響を与えます。
ワーキングメモリーを検査する方法はある?
自分のワーキングメモリーを客観的に知ると、得意・不得意や認知の偏りを把握できる場合があります。また、職場や学校での困りごとに対処しやすくなったり、周囲に支援や協力を求めやすくなったりするのもメリットです。
ワーキングメモリーを検査する方法としては、大きく分けてワーキングメモリーを専門的に測定する検査と、知能検査の一部として測定する検査の2種類があります。それぞれについて解説します。
ワーキングメモリーを調べるテスト
ワーキングメモリーを調べるテストとしては、「AWMA」と「HUCRoW」が代表的です。どちらの検査も子ども(主に小・中学生)が対象で、大人の方には向きません。
AWMAは、イギリスのピアソン社が開発したコンピューターベースの測定テストです。言語的短期記憶、視空間的短期記憶、ワーキングメモリーの処理能力を評価し、主に学習支援のために活用されています。
HUCRoWは、広島大学で開発されたワーキングメモリーの評価テストです。8つのゲーム形式の課題を通じて、言語的・視空間的なワーキングメモリーの特性を分析し、どの部分が弱いのかを詳しく調べられます。
ワーキングメモリーも項目に含む知能検査
知能検査とは、個人の知的能力を評価し、発達特性や認知能力のばらつきを把握できるテストです。この知能検査には、ワーキングメモリーの評価項目が含まれているのが一般的です。
代表的な検査である「ウェクスラー式知能検査(WAIS・WISC)」にも、ワーキングメモリーの測定が含まれています。WAIS・WISCでは、主に以下の内容を調べます。
- 言語理解(語彙や読解の力)
- 知覚推理(視覚情報の処理能力)
- ワーキングメモリー(短期記憶・情報の保持と操作)
- 処理速度(情報を素早く処理する能力)
これらの検査によって、日常生活や学習、仕事における得意・不得意を把握できます。
ワーキングメモリーを鍛えることはできる?
ワーキングメモリーを鍛えられるかどうかはまだ研究段階で、明確な結論は出ていません。トレーニングによって一定の向上が見られる場合もありますが、効果の持続性については不明です。
しかし、ワーキングメモリーを本質的に鍛えられなかったとしても、訓練やトレーニングで困りごとを減らせる可能性はあります。例えば、以下のような訓練・トレーニングで、困りごとが減る方もいるでしょう。
- 記憶ゲームや音読による訓練
- 情報を視覚化する習慣付け(視覚認知が得意な方)
- 相手に違和感を与えないで聞き返す会話術の習得
こうした訓練・トレーニングは自分でもできますが、発達障害や精神障害のある方に向けた支援機関や特別支援学校、医療機関などでも受けられます。
ワーキングメモリーに関する困りごとを軽減させる方法
ワーキングメモリーを鍛える方法のほかにも、弱みを知ったうえで、それを補う対策をする方法があります。ここでは、誰でも実行しやすい5つの方法を紹介します。
こまめにメモをする
ワーキングメモリーが低いと、一度に多くの情報を保持するのが難しく、会話の途中で内容を忘れやすいものです。このような方は、ワーキングメモリーの機能を道具によって補う方法が効果的です。
例えば、スマートフォンのメモアプリや手帳、ノートなどに、こまめにメモを取ると、情報の抜けや物忘れを防ぎやすくなるでしょう。図やイラストで視覚的に情報を整理する方法や、大事な箇所に付箋を貼っておく方法も有効です。
履歴が残る形で伝えてもらう
ワーキングメモリーが低い場合、話を聞きながらメモを取るのが難しい場合もあるでしょう。このような方は、なるべく履歴が残る形で伝えてもらうように頼むのもよい方法です。
例えば、大事な内容は、口頭や電話ではなくメールやチャットで送ってもらう方法があります。相手に頼みにくいような場合は、自分で録音したり、写真や映像で記録を残したりするのもよいでしょう。
記録があれば、後から聞き返したり見返したりできます。
タスクを細かく分ける
ワーキングメモリーが低い方は複数のタスクを同時に進行するのが難しい傾向があります。このため、1つのタスクを終えた後に次に取り組むのが理想的です。
ただ、仕事や集団生活では、そうはいかない場面も少なくありません。そこで、タスクを細かく分け、目の前のタスクに集中する方法が有効です。例えば、「報告書の作成」という大きなタスクを、「情報収集」「構成を考える」「文章を書く」と分けると、取り組みやすくなるでしょう。
このとき、タスクの想定時間を長めに設定しておくのもポイントです。間に合わないと、なし崩し的にマルチタスクに戻さなければならなくなるため、余裕を持ってスケジュールを立てておきます。
定期的に休憩を取る
ワーキングメモリー内が情報過多になるとミスが増えるため、定期的に休憩し、頭をリフレッシュさせましょう。長時間作業すると能率が落ちるのは誰しも経験するところですが、ワーキングメモリーが低い方の場合、特に影響が大きくなるからです。
例えば、軽いストレッチや散歩をすると、脳の血流がよくなり、リフレッシュできます。また、25分作業と5分休憩を繰り返す「ポモドーロ・テクニック」は、1つのタスクに短時間集中し、こまめな休憩を挟むことで集中力を持続するテクニックです。ポモドーロ・テクニックを活用することで、ワーキングメモリー内の情報過多が起こりにくくなります。
環境を調整する
ワーキングメモリーに課題がある方は、外部から刺激があると、今行っている作業を忘れてしまう可能性が高まります。仕事や学習の効率を上げるためには、気が散る要因をできるだけ減らした環境を作りましょう。
いくつか例を挙げます。
- 耳栓やノイズキャンセリングイヤホン、イヤーマフなどを活用し、周囲の話し声や雑音を遮断する
- 目に入るものが多いと気が散るため、机の周りを整理整頓する
- 静かな場所にデスクや作業場を用意してもらう
近年は、職場や学校に合理的な配慮を求めるケースも一般的になっています。無理のない範囲で、環境作りに協力してもらうとよいでしょう。
ワーキングメモリーや発達障害の悩みを専門機関に相談してみよう
人の話が頭に入ってこない、複数の作業を同時に進められない、といった方は、もしかするとワーキングメモリーの働きに課題があるかもしれません。心配な方は、一度検査を受けてみる方法もあります。
ワーキングメモリーに課題があり、一般的な就職支援やソーシャルスキルを学ぶ講座では効果を期待できない場合は、Kaienのサービスをご検討ください。
Kaienの就労移行支援は、発達障害や精神障害のある方が一般就労を目指す際に利用できる支援サービスです。障害の特性を踏まえた職場選びや就職活動を支援いたします。就職後の定着支援もあり、職場環境や業務のやり方などについての相談も可能です。
また、Kaienの自立訓練(生活訓練)では、感情コントロールや生活習慣の改善、コミュニケーションの練習などを通じて自律的な生活を促進するサポートをしています。これらのなかには、ワーキングメモリーの訓練につながる内容もあります。
ワーキングメモリーや発達障害でお悩みの方は、Kaienにぜひお気軽にご相談ください。
*1発達障害は現在、DSM-5では神経発達症、ICD-11では神経発達症群と言われます。
*2学習障害は現在、DSM-5では限局性学習症/Specific Learning Disability、ICD-11では発達性学習症/Developmental Learning Disorderと言われます。