生活訓練で引きこもりから脱却。自分への信頼を取り戻したHさん

▪年齢:30代後半
▪診断名:ASD・双極性障害(疑い)
▪苦手なこと:生活リズムと睡眠の管理
▪出口:Kaienの就労移行支援


気分障害による不眠が離職の原因に

―――幼い頃はどんなお子さんでしたか?

小さい頃は近所の子とケイドロやゲームをするなど活発で、勉強もできた方でした。学級委員や生徒会役員を務めたこともあり、リーダーシップを取るのも得意でした。

ただし、昔から明るく朗らかな面と神経質な面があり、両極端な性質をあわせ持っていると感じています。高校生の頃にはメンタルが不安定になってしまい、それから気分障害の症状に悩まされるようになりました。

―――診断名と苦手なことを教えてください。

医師からは双極性障害とASDの傾向があると伝えられており、はっきりと診断がついているわけではありません。現在は、双極性障害に対応した投薬治療を受けています。

特に困っている症状は、生活リズムの崩れと睡眠障害です。就職と離職を繰り返していた時期があったのですが、眠りたいのに朝方まで眠れなかったり、離職中には昼夜が逆転したりと、苦しい思いをしていました。

気分の落ち込みも強く、メンタルが安定していない時期には余計に眠れなくなることもありました。

―――Kaienにつながる前はどんなことをしていましたか?

美術大学を卒業し、アパレル販売など5つほどの仕事に就きました。中でも長く続いたのは、Webデザインの仕事です。趣味として自分でホームページを作ってイラストを発表する活動をしており、その延長線上で得たHTMLやJavaScriptの知識が役に立ちました。

どの仕事でも、離職の原因は気分障害でした。仕事から帰ってきて疲れているのに気分が落ち込んで眠れず、欠勤を繰り返してしまっていました。いつも手枷や足枷をはめられて生活しているような感覚に陥っていたのを覚えています。

Kaienに入所する前は数年ほど引きこもり状態で、就労からは長期間離れていました。

ほかの利用者との目標の近さと手厚いカウンセリングが決め手に

(体力づくりのために筋トレとウォーキングを日課にしているHさん。デジタルな環境を離れ、公園を歩いて四季の移ろいを感じているそう。)

―――Kaienで訓練を始めようと思ったきっかけがあれば教えてください。

直接のきっかけは、主治医からの紹介です。私から主治医に支援サービスの紹介をお願いし、いくつか施設を紹介してもらいました。

最終的にはKaienを含めた2つの施設で迷っていたのですが、決め手はほかの利用者の方との境遇の近さとカウンセリングの仕組みです。

選ばなかった方の施設は私と同じ30代中頃から後半の利用者が多く、認知行動療法などプログラム内容にも魅力を感じていました。しかしその施設の利用者は企業に在籍しながら休職している方がほとんどで、私のように長期間離職している方はごく少数でした。

反面、Kaienの利用者は20代前半が中心でしたが、私と同じように「今は離職中だけれど、これから就労に向けて頑張る」という目標を持つ方が多くいらっしゃいました。また、担当のキャリアカウンセラーがついてくれて、心配ごとや目標の達成度を定期的に相談できる仕組みも魅力的でした。

主治医と相談して2つの施設を比較し、年齢は離れていても自分に近い境遇の利用者が多く、カウンセリングが手厚いKaienで訓練を受けることに決めました。

―――訓練全体を通してどんなことに取り組んでいましたか?

生活訓練を開始した当初は、決まった時刻に訓練に行くことが一番大きな目標でした。まずは週に1回、生活訓練の開始時間である10時半にKaienの事業所に向かう生活に慣れることから始めました。それから1ヶ月ごとに1日ずつ増やし、現在は週に4日通っています。

訓練開始前は特に決まった生活サイクルがなく、気分が安定して元気があるときに外に出る生活でした。しかし訓練など外での活動時間が長くなると家で過ごす時間が限られ、時間配分や就寝時間を調整しなければなりません。また、訓練では人と会話したり講座に参加したりと、家にいるより体力を消耗します。

生活リズムの変化や人とのコミュニケーションで調子を崩さずに訓練が続けられるよう、少しずつ体力と対応力をつけていきました。

―――訓練の途中で目標が変化したそうですが、その経緯や内容を教えてください。

訓練開始から3ヶ月間程度は、社会生活に耐えられる体力をつけようと張り切りすぎてしまい、休まずに通えてはいたものの少し調子を崩してしまいました。それでも根性で頑張り続けることが正解だと思っていたのですが、4ヶ月目に就労移行支援を1週間体験させてもらい、考えが変わりました。

自分に負荷をかけて体力をつける訓練は、生活訓練修了後の就労移行支援でもできます。生活訓練ではそれよりも人間関係の中で安心感を得る、リラックスする方法を探すなど、就労移行支援や就職後に頑張るためのベースをつくることを優先するべきなのではないかと気づき、目標を変えました。

生活訓練で何をするのかイメージがつかない方もいらっしゃるかもしれませんが、就労のベースとなる生活環境やメンタルに課題を感じている方には、生活訓練が向いていると思います。

さまざまな人に支えられ、自分への信頼を取り戻す

(余暇活動で使う福笑いの制作を、スタッフがHさんに依頼。「イラストが得意です。小さなことだけど、頼ってもらえて自信につながりました」とHさん。)

―――生活訓練を受けて、心境の変化はありましたか?

訓練開始当初から大きな失敗はしていなかったものの、自分の中にはいつも不安がありました。今でも「どこかでつまずいてしまうのではないか」「また急に気分が落ち込んで、眠れなくなったり外に出られなくなったりしてしまうのではないか」と考えて、恐ろしくなることがあります。

しかし、そのような不安に襲われたときはいつも担当のキャリアカウンセラーさんが助けてくれました。引きこもりに戻ってしまうことへの不安を相談すると、キャリアカウンセラーさんが「今月、実際に調子を崩した日はありましたか?」「訓練を開始してから、Kaienに来られなかった日はありましたっけ?」と、これまで達成してきたことを一つひとつ振り返らせてくれたおかげで、少しずつ自信がついてきたのだと思います。

訓練開始前は人と親密な関係性を築くことに恐れを感じていた面もありましたが、カウンセリングを通して就労や自立した生活のベースとなる安心感を得られました。「余暇活動に使う福笑いをつくってほしい」とスタッフの方から頼まれた際には、人からの期待に応えて信頼関係を築く経験もできました。

本当に色々な人の手助けを借りながら自分への信頼を積み上げられたことに、とても感謝しています。

―――訓練の中で、特に今に活きていることは何でしょうか?

ほかの訓練生とのトークがためになっており、かつとても楽しく思っています。家に引きこもっていては絶対にできない体験ですし、同じ悩みを持つ当事者が集まっているので、病気に関する困りごとや症状への対策方法なども気兼ねなく話せます。

おすすめのコスメといった他愛ない話をする時間もありますし、自己理解を深めるトークも熱心にしています。誰かが「自分はこれが苦手だ」と言えばみんなで深堀りし、その過程で、気づいていなかった自分の一面を教えてもらえることもあります。

私の主治医が「他者理解ができたときに自己理解ができる」とおっしゃっていたのですが、まさにそれが現場で実現できていると思います。訓練期間は半年程度なのに、体感では1年から2年程度過ごしたと思うほど、密度の濃い時間を過ごせました。

生活訓練修了後は就労移行支援へ

―――生活訓練を修了した後の目標や、挑戦したいことは何ですか?

まずは、就労移行支援に移ってフルタイムでの就労に耐えられる体力をつけることが目標です。就労移行支援の訓練時間は生活訓練よりも1時間長いので、活動できる時間をさらに延ばし、もっと頭を使って文章をまとめたり発言したりと、活動の質も高めたいと思います。

就職先については、今のところ過去に一番長く続いていたWebデザインの仕事を希望しています。KaienにはITやデザイン系に特化した「クリエイティブコース」もあり、ポートフォリオ作成のアドバイスなどを受けられるので、そういった仕組みも活用しながら準備していきたいです。

ただ、Kaienのスタッフの方から「あなたは人と関わるのが得意だから、人をケアする仕事も向いていそうですね」とアドバイスいただき、その方向性もよいかもしれないと迷う部分もあります。これから就労移行支援で、自分の適性や向いている仕事をさらに見極めていけたらと思います。

付録  ~Hさんのこと~

(休日に友人と訪れたカフェ。「引きこもっていた頃は考えられなかったけど、自分の状況を他者と共有できるようになりました」とHさん。)

休日は友人とお茶をしながら語り合ったり、1人のときは筋トレをして過ごすことが多いです。筋トレは日課で、もう3年ほどジムに通っています。今はベンチプレスのフォームに苦戦中です。

また、最近では4年ほど伸ばしていた髪をバッサリ切り、ボブにしました。思い切って髪型を変えてみると思いのほかスカッとして、清々しい気持ちです。

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